第49章 好きになったもの。後編…中原中也誕生日 4月29日記念
「んー…んー…んーんー……」
エリス嬢がハミングするのはナーサリー・ライム。
たしか、子どもを追悼する唄だったはずだと
三島が無意識に思い出す。
「どうしてシャボン玉は、お空に飛んでいくの?」
エリス嬢が小さな輪っかに張られた水膜の虹色を見ている。
道路に撒かれた工業用オイルのような色。
「屋根までしか飛べないんだよ」
屋根まで飛んだ。
屋根まで飛んで、シャボン玉は壊れたのだ。
三島が公園の空に上がるシャボン玉を見つめる。
小さいながらも此の世に確立した存在を持つ異能力者。
「ねえユキ」
エリス嬢の声に呼応するように
ザァッ……と円弧を描いて、薔薇の花びらが青空へと吸い込まれる。
真っ赤な血みたいだった。
花畑へと、三島の小さな姿がゆっくり沈む。
彼の視界に入るのは
こちらを見据えるあどけなくも少しばかり急いて大人になろうとする青い瞳。
押し倒された三島を、カーテンのように垂れた豪奢な金糸は絹みたいだ。
小さな星の王子さまに、また小さな体温が唇へ落とされる。
「エリスお嬢さまに、恋愛感情のような雑念は搭載していないと森さんは言っていたよ」
「知ってるわ」
「じゃあ、エラーでも起こしたかい?」
「ユキがね、大人のユキが、言ってくれたの。
ユキに恋をした女の子がいたとして。
その時点で、ユキに想いを打ち明けた女の子Aと、
しないで諦めたBが発生するんですって」
あの時のバジリスク問題だ。
三島がうなずく。
「未来を視る、あるいは
察知出来る異能というのがあったとしよう。」
未来を知れる限度は、一分後の出来事かもしれないし、五秒後のことかもしれない。
そこは個人差であるが。
「ただ、"未来観測"という類の異能力というのはね、大体使い勝手も使い方も決まっているもの。」
いいかい?
彼らは、一分後の奇跡を異能力によって視られるわけじゃあない。
「彼ら未来予期の異能力者は、未来ではなく
一分後の『結果』を視ているのさ」
一分後の未来予知ではなく、一分後の結果を視ている?
三島の無機質なガラス玉をみつめるエリスが
口を開いた。