第7章 好きになったもの。前編…芥川龍之介誕生日 3月1日記念
「……」
懐かしい____だなんて
数年も前の、出会いを思い出していた。
目の前にある、真綿の黒く澱み、濡れた瞳が
中也の青色の瞳とかち合う。
「ふ。 どうした?惚けて……思い出していたのか?」
くいと怪しげな手つきで顎を掬うようにされて
ごくごく自然に、唇が近付く。
鼻を掠めた、わずかな真綿の匂いに欲するなんて
「いや、見惚れちまッた」
「……ハ。 何だ、やけに素直よな? うむ、愛らしいの!」
機嫌を良くしたのか、真綿が中也の明るい色をした髪をなでて、頭を抱きしめてくる。
「うわっ! いきなり発症すンな!」
「ふむん? 教育係の妾に口答えする唇は、これかや?」
するりと指先で唇をなでられ
中也が真綿のその華奢な手首を掴まえた。
いまだこの花の楽園では、太宰と三島の冷戦が続いていて
18歳である太宰と、その二つ歳上の20歳である三島から聞こえる言い合いはなんとも幼稚だった。
ちなみに真綿こそまだまだ若いし現役だが、
年齢の詳細は不明である……
「だーかーらー、 私だって真綿の部下である前に、仲間だし
ひいては恋人にこそなれないけれど、それ相応の関係は築いているのだよ?」
「はは、僕と真綿の方が付き合い長いんだけどね?」
一触即発とまではいかないのが、三島という青年の理性的な性格が効いている。
感傷や激情に希薄な三島は、人間的な思考回路を持つことは難しい。
たった一人で花々を咲かせ、
人々の繁栄や会話をあくまでも客観的に楽しみ、
永劫の春と 永遠の蒼穹を手にし、
ずっとこの宝石箱の中に引きこもっている____。
常日頃から
理性的であり 紳士的な三島が、女性に困ることがないのも事実で。
「結局さ、太宰。
君は芥川君にもう少し……いや、こういう、深い突っ込みは止そう。
僕はそういう面倒そうなのは、わりと、いやかなり苦手分野なのだし。
自ら踏み込むことを、愚かだと言うとも。」
なんだか腑に落ちないものは、三島の穏やかで曖昧な笑みに
すべて沈んだ気がしなくもないけれど
「いいんじゃない、好きな人とか、そういうの。
ただまぁ、マフィアは恋愛するような所じゃあないとだけ、彼には伝えておこうか」
「手前ェ鬼畜かよ!!」