第7章 好きになったもの。前編…芥川龍之介誕生日 3月1日記念
「……とな?」
「な、成る程だ。」
一夜の夢の中ように
偽物の空を見上げれば、花びらが舞う。
確かに、この『好きな人』に関しての質問は、2度目であった。
芥川的には、真綿にこそ答えてほしい質問で。
「…結局、花房さんには、愛する者はいない……ということになってしまうが」
食い下がって、それでも直接的に聞く。
いつも首領と言葉遊びみたいな謎かけみたいな事を愉しむ真綿にとって、ここまで愚直なのは好ましい。
たぶん。
「嗚呼…、ま、そこは……の。
浮気だとかセフレとか、まあ、何だ、
面倒臭そうな流れになったらちゃんと言おうとは思っていたのさ」
白い陶器製の小さなティーカップを、微かな音すら立てずに金属製のガーデンテーブルに置いた。
真っ白の着物からは藍色の襦袢が微かに覗き、
その暗色に映える脚が、なんとも言えないほど色気がある。
彼女の腰まで煙る長い黒髪を、三島が大怪我をしていない方の手で
手慣れたように梳いた。
「…貴様は、妾の異能効果を知っていたか?」
唐突にそんな言葉が聞こえ、真綿を見れば
その美しく整った貌に鎮座する 黒い瞳を、こちらに向けてきた。
どす黒く、澱み、濁り、果てには一縷の光もなし。
この世 数多の命という命を絶ってきた真綿に、享楽はない。
「……妾の異能は殺戮特化。
ま、対人異能故な……暗殺者として身を染める今が、一番楽だ。」
ニッと不敵な笑みを向けられた。
ぞわりとさせられる獰猛な人斬り。
一方で、無垢に命を摘み取る間諜。
そして、森に買われた(もれなく森の身の回りの雑事も熟す)
宮廷ならぬ 私邸暗殺者。
「誰も愛してはいないけれど、擬似的な恋愛ならいくらでも出来る……と?」
「必要とされ、求められれば拒むこともなし。…だろうよ。
苟も 暗殺者というこの身、存分に使ってやらねばな?」
ふと微笑んだ彼女の、今にも崩れ落ちそうな脆さを含む儚さに
堕ちて抜け出せなくなった者が、どれほどいたのだろうか…
「嗚呼____そんなこと、承知しています。」
『マフィアは恋愛するような所じゃあない』。
それでも、ただ想うだけならば。
芥川が、まだ温かいハーブティーを飲む。
微かに薔薇の香りがした。