第7章 好きになったもの。前編…芥川龍之介誕生日 3月1日記念
「森殿、や……」
____数年前。
五大幹部の一人、尾崎紅葉その女性に連れられて
ポートマフィアの首領執務室を訪れた
年相応の平均身長にくらべて少々小柄な少年が入ってくる。
少年はかぶっていた黒い帽子を取って一礼した。
「おや、紅葉君。 中也君も。
どうかしたのかい?」
整えられた室内には ぼんやりとした夕日色の光が淡く満ち
光源がどこにあるのかが 判らなくなっている。
「うむ…… そろそろ中也の相手に わっちが務まるのも…の。」
強く育った我が子を自慢する母親のように
緩く微笑む尾崎…
「じゃあ こちらの太宰君を」
「太宰めの異能力じゃと、此奴との相性が悪かろうよ。」
ペシペシと目線の下にある
中也の頭を軽く叩く尾崎と
反発したいが首領の前だし……というような中也の葛藤が
目に見えて取れる。
「嗚呼……、そうだねえ…」
新しい体術の老師でも呼ぶか、あるいはと
森が何かを考え始めた。
本来ならば そのような要件で
首領執務室を訪れるような ものではないのだが……
一応 尾崎は幹部の一人でもあり、マフィアの古参でもあるからか
森も少々 観念しているところがあった。
「む。甘やかしてばかりでは成長にはなるまい?」
……と
まるで自然に流れる小川のような
聞き取れるのに、どこか曖昧で 透明感のある声が
3人の耳朶を打った。
「森殿」
扉の前で一礼した、真綿の
その美しい貌が 正面を向く……
「嗚呼、戻ったかい? 真綿君……ふむ。
何やらあったと見える。聞こう」
接待用のソファに座す 五大幹部と その部下たる少年が
彼女を見た
「うむ、この身、今戻った。
森殿が先に言っていた殺人鬼に会った」
「おや、私の予想をだいぶ上回ってしまった。
その様子だと、真綿君が返り討ちにでもしたのかな」
「ハ、全くの徒労であった」
その可憐な唇から紡がれる 任務の成果は 良いもので
首領の所有物である 真綿が、中也を見る。
少年の青みがかる瞳と
真綿の澱んだ黒陶の瞳が合わさった…
「……あ、そうだ。真綿君、君は、嗚呼、そういうことか。」
森が何やら一瞬で何かを悟った。