第45章 泡沫の花 後半…三島由紀夫誕生日1月10日記念
痛みと時間は平等だ。
よく聞く言葉だろう。
「いたい……痛いよ…
由紀のくれた痛みが、妾の中にあるんだ…」
真綿が俯いた。
三島がその顔を、血だらけの手でなでる。
真綿の麗しいその貌についた、血の赤色がこの現状を生々しく語る。
「痛いのがこんなに苦しいなんて、初めて知った」
「ん……、単純……だろう?」
ストレッチャーが運ばれてくる。
首領の言葉も、もはやきっと彼には
真綿の声も届いていないだろう。
それでも三島は笑った。
真綿が笑わないから、泣きそうだから、そんな顔をするから。
「単純だ。
単純だから、誤魔化すことは出来ないらしい」
「なにを?」
「自分を」
そっか。
三島がそう言って首領に抱え上げられる。
身体中ぼろぼろで、彼が機能していることさえ奇跡と言えよう。
「おかしいよ」
「……何が…?」
「感情が増えたのに、貰ったのに、
少しだって嬉しくないんだ……」
首領の白衣がすぐに赤く発色する。
「正解だよ。
だってそれは、僕基準の痛みだからね。
拒絶反応が出たっておかしくないのに、無理やり移植したんだ」
愛とは何か?
それは、他者から与えられるものである。
三島の存在は出来上がり過ぎていた。
それを『愛』ひとつで壊されることを
三島が一度でも考えたことは?
一度も考えたことはなかったのだ。
「でも、この痛みが、忘れられないんだ」
機関は綿密に連携されてあるほど、内部の改変は全てに影響する。
三島の言葉だ。
上橋菜穂子が現状維持に逃げたのを許容してしまったのが、三島の落ち度で失点だった。
あの時の彼女の告白を、三島が
「そっか」で返して、上橋自身がそれで良いと思ってしまったのが、最大の失敗だったんだ。
「どうしようもなく、いたいんだ」
痛みを失って初めて判った。
だからもう失敗しない。
上橋のあの告白を、もう一度返さないといけない。
今度は、三島自身が。