第45章 泡沫の花 後半…三島由紀夫誕生日1月10日記念
部屋中に敷かれたペルシャ絨毯に、血が散った。
真っ赤な色は絨毯に吸われて黒みを帯びてゆく。
「……?…き、由紀……?」
一歩踏み出せばじゅく、と
水分を踏みつけにする音が鼓膜に響く。
銀色のスカルペスは血で洗ったように赤く濡れ、それはすぐ様絨毯に取り落とされた。
跳ねる銀色が三島の瞳に映り込む。
「由紀!」
「三島君!」
首領、森鷗外が事の顛末を見届けようとしていた矢先に、目の前で起きた『事故』とも言うべき事件。
まったく未知の感情を植え付けたことによるキャパオーバーは、真綿の異能力を瞬間的に暴走させた。
よりにもよって、起因性異能力を。
死亡判定は跳ね返したが、
『対象を攻撃した』という行動と
『そういう異能力だから』の原因理由まではキャンセル出来ない。
『対象が死亡した』だけでも剥がせたのは、真綿も咄嗟だったのだろう。
真綿の異能力を避けるには、
単に彼女から物理的に遠ざかるか、あるいは
異能力発動後に彼女自身が死亡するかだ。
異能力で殺害される前に発動者が死亡していた。
そういう因果であれば。
「由紀––––、由紀!」
血だらけで倒れた三島の顔横に、真綿がへたり込んだ。
着物が汚れるのも構わずに膝をつく。
いたい。
……痛い…?
「……わ、た…ねえ…今、痛いかい……?」
三島の指先が、真綿の胸元に触れた。
三島は笑っている。
取り落とされそうなその手を、真綿が握る。
「たい……、いたい、痛い……ッ…
どうしようもなく、痛いんだ……」
痛みは感情ではないと思っていた。
医学的に見ても、痛みそのものは感情ではない。
首領だってとうに判っている。
それでも、この彼と彼女は何だろう。
遣り取りを見ているだけで、
こちらが痛いと感じるのだ。
「ねえ……?
痛いって……結局何だろうね…」
痛みとはなにか。
愛と同じである。
では、愛とは何か?
三島がずっとずっと探していた答えだ。
愛とは何か、それは他者から与えられるものである。
他者には、自分の意思に反した自分も含まれる。
嗚呼––––そうか。
真綿が歯噛みした。
三島には愛が判らない。
真綿は痛みが判らない。
だから、鍵と鍵穴だったのだ。