第45章 泡沫の花 後半…三島由紀夫誕生日1月10日記念
「はぁ……はぁ……」
「は–––っ……、はぁっ……」
肺が痛い。
水というか圧倒的に水分が足りない。
息も絶え絶えに、二人が肩で息をしていた。
「おわ…っ、た……」
「何分……かかったかな…」
体感的に三十分くらいは戦い続けた気がする。
峰打ちというのが案外、ことの外辛く
船の木の床に所々血が飛んでいるのは…
……目を瞑ってほしい。
座り込んだ二人も、端々に血を付けている。
とはいえほぼほぼ返り血だが。
「……けが、平気かい?」
由紀の言葉に少女が「ふん」と笑った。
純白だった着物は、彼岸花でも押し付けたように赤く染まっている。
「この程度」
少女に傷みの自覚はないのだろうか。
まるで、痛覚の一切を
切り離しているように見えたのだ。
人間ではない、彼女の言葉を借りて言うのなら
"鍵穴"の彼にはあって
人間たる彼女にないのが、『それ』ではないか?
だから。
だから少年は、
今一度 彼女にまみえた青年は、
三島由紀夫は、
「……真綿。
僕の痛みを、君にあげる」
痛みという感情を、
彼女の穴の空いた何かに敷き詰めるように、埋め立てるように差し出した。
でも、三島に深く根付いていた『それ』を
引き剥がして彼女に移植、植え付けるのはリスクが高すぎた。
だからこそ。
真綿は、【仮面の告白】で
『痛み』をくれた三島を傷つけたのだ。
異能力の暴走。
なかった感情が、いきなり自分のなかで未知の鼓動とともに暴れ出す感覚。
「済まない……済まない、済まない……!」
「いいんだ、真綿」
【仮面の告白】の感情移植により、かくして
花房真綿は三島由紀夫の『痛み』を植え付けられた。
傷の痛み。
人の悼み。
他人への憐み。
真綿はそれを、手に入れた。
三島由紀夫は、それを失った。