第45章 泡沫の花 後半…三島由紀夫誕生日1月10日記念
「船の構造は頭に入っているかや」
「一通りは。
向こうが東階段、そっちに大部屋。
……あやしいのはそこだね」
時折空の部屋を覗きながら、乗客をうかがうが……
誰一人として、出会っていない。
こんな狭い船の中、百人いるはずなのに。
「あやしい?」
「僕が言ってるのは、きみの探し物じゃなくて乗客のほう。
どこか一緒くたに詰め込まれているはずだよ」
口を塞がれているのか、あるいはもう––––
幽霊船と化しているかだ。
「……いや…妾としては、乗客はあまり関係ない。
探し物さえ見つけられれば、それで良い」
「だろうね。きみ、救済に興味なさそうだ」
冗談めかして言った少年は、おどけたように笑ってみせた。
ふと少女が立ち止まる。
履いていたブーツの下、銀縁でくり抜かれた地下ハッチがある。
しかし勿論、南京錠なわけがない。
合鍵式のそれを開けるには時間が掛かるだろう。
「開けたいのかな?」
少年はチラリと周囲を見回す。
「地下に隠すのは小者の手段さね」
「……覚えておくよ」
少女の言葉にさほど興味を示さず、少年がその目を消火栓に向けた。
あの中には消火用ホースとか、
消火器の類が入っているのだろう。
そしてここが船ならば、
あの中にはもう一つ、状況を打破するためのものがあるはずだ。
少年がその消火栓の扉を開ける。
矢ッ張りあった。
船は、いつ如何なる時も、
水の上ではそれ自体が密室と化す。
そして嵐でドアが歪んだりだとか、潮で風圧が調整されたとかで閉じ込められることもあろう。
だから普通、船内に設置された人命救助用の道具箱には入っているのだ。
「あった。これ使って開けるといい」
折り畳み式の、片刃の斧が。
「……あまり音を立てるのは」
「助けてくれたお礼に、帰路の道中は僕が何とかするよ。
発音を遮断すれば良いんだね?
なら、お安い御用さ」
と、その時。
うなずいて指を鳴らそうとした少年と、
向かいにいた少女が
同時にハッと肩を震わせた。
話していた二人の周りを生気のない、
土気色の顔をした大人が
何十人も包囲していたのだから。