第45章 泡沫の花 後半…三島由紀夫誕生日1月10日記念
ぶちぶちっと幼い三島の自由を奪っていたロープが千切られ、甲板に散らばった。
手首が赤くなってしまったかと
着物の少女がかがんで、少年の袖を引いた。
ふわりと舞う精緻なレースの中、うっすらと浮いた朱線に憐れんだような目をする。
「さて、だ。
早々に助けられたところで、行こう」
「……一応、難破船状態のこのふねにどうやって来たんだい?」
少女が示したのは、どう見ても成人用の水上用モービル。
確か免許はいらないから平気なのだろうが、大人に見られれば咎められそうだ。
「……ちがうな」
「え?」
濡羽色の双眸は、たくさんの人がすし詰めされているであろう向こうの船を見据えている。
まるで抜き身の刃みたいだ。
怜悧な視線は冷めている。
「望めば何だってできたのは、貴様の方だ。」
「………」
少年は何も言わない。
モービルのエンジンを入れて、乗り込むその手に引かれた。
「……っ凄まじい…臭いさね」
「人間の吐瀉物のにおいだよ」
子ども二人が、百人乗っている方の船へと潜り込んだ。
そもそも着物を纏うこの少女が
少年の船を選んだのは、こちらと向こうの船の構造が同一であったため––––
そして、軽度の怪我である方が救いようがあったためである。
しかし少女は、少年のその意見に首を振った。
「妾がそちらの船を選んだのは、
単に今お仕えしているあるじ殿がそちらを優先せよと仰ったからさね。
そしてこちらの船に移り、密輸品に隠れて持ち運ばれた物を取り返す。
それが命令だった」
その言葉に少年が眉を寄せさせる。
「……あれ密輸船だったんだ?」
「危ないところだったわけさ」
こつこつと二人は進んでいく。
不自然なほどに船内は静まり返り、感染病で苦しむ人の阿鼻叫喚など聞こえてこない。
粘膜接触による感染だから、くしゃみとか咳とか、エアロゾル、つまり空気感染しない。
「……先に、きみの…主人の探し物をみつけよう」