第45章 泡沫の花 後半…三島由紀夫誕生日1月10日記念
草はらを踏む音だけが静かに響く。
そこに青空はなく、何の色をしているのか、
虹色ともいうべき色合いの天井が広がる自然風景。
「見ーつけた。三島君」
「太宰……」
ゆっくりと振り向いた三島君は、いつもの理性的なあの笑みを浮かべていない。
無表情ではなく、言うならば……
『無』、そのものである。
(うわぁ……此れは重症か…)
太宰が苦笑を浮かべつつ、三島のとなりに腰を下ろした。
笑う気力がない、笑うということを知らない。
今の三島が太宰の名前を覚えていたことが、僥倖とさえ言えた。
「……そんなに、何か感情を一気に発露させるような出来事があった?
あの一瞬で。」
太宰が草原を見遣りながら問うた。
三島は曖昧な笑みを浮かべる。
けれど多分、三島君自身は今笑っていることを自覚していないだろう。
「……真綿と僕の発生起源はね、同じような流れなんだ」
「ふぅん?」
三島君の濃紺の瞳が、散りゆく真っ赤な花びらを映す。
移ろう季節も光も花も、彼には要らないものだった。
「どこかでは、兄妹とか、姉弟だったのかもしれないね」
「……君たちはたしかに、似ていたよ。
何となく、こう、肌で感じられるんだ。」
三島君がゆっくりと身体を草はらへと倒した。
「もしかしたら親子だったのかも」
否。
どれもあり得ないことを三島は知っている。
太宰だって悟っている。
「あるいは、夫婦とか」
「三島君」
「ん?」
駄目だ。
それ以上はきっと––––
彼が、戻れなくなる。
「それでも君は、ここにいる。
君は君しかいないんだ」
三島君は『発生起源』と言った。
無機質なものが機械や道具として創られるように、平然と言いのけた。
「太宰……僕は人間じゃない」
「……知ってるとも」
それでも太宰は、三島のことを
当たり前のように『××××』と呼んだ。
それは、親しい者が相手に対して言う言葉。
正面切って彼に言ったなら、きっと彼は困った顔をするだろう。
もしかしたら、
「僕の友人は森さんだけだと思ってたのだけど」
とか言いそう……
って。