第45章 泡沫の花 後半…三島由紀夫誕生日1月10日記念
「もしも––––だ」
だから彼は、こう言ったのだ。
––––陸地の見えない大海原に、二隻の船がある。
途中二隻が立ち寄った島で、流行り病を持ち帰ってきた乗組員がいた。
二隻中、一隻には100人が乗っていた。
もう一隻にはたった一人が乗っていた。
100人はすでに瀕死状態である。
一人は軽度の病状で済んでいる。
船同士をつなぐことは出来ない。––––
「君なら、どちらを助ける?嗚呼、ただ……」
彼は言った。
「一隻助けたら、もう片方は沈むとする」
あれは、彼のことだったのだ。
この彼、三島由紀夫が
幼い時に誘拐された……『それ』だったんだと。
彼の乗った、たった一人の一隻の船と
重い流行り病に罹った100人が乗った一隻の船。
「嗚呼、だから…由紀は……」
『由紀は?由紀はその上司に何て答えたンだィ?』
『うーん……
僕への質問の時にはね、さっきの質問にこんな一言も付け足されていたんだよ?』
––––一隻に乗ったたったひとりの軽度の病状者が
例えば、自分の親なり兄弟なり、大切な人だったとする––––
一人の一隻にいたのが、幼い頃の由紀だった。
だから
今にも死にそうな100人と自分なら、
どちらを助けるのかと聞いたンだ。
「ごめん。
僕のことだって言ったら、きっと晶は……嫌な顔をしたと思う」
「したねェ。
まさか普通に心理テストなのかと思ったら、
由紀のことだったのかィ…」
夢の中で話をする由紀は、それを聞いて苦笑した。
そうだよ、困っちゃうね、と
何ともない風に笑ってみせた。
目の前で倒れて伏して、病で死んでいく人々を
どんな目で俯瞰していたのだろう。
「かく言う僕も、何も手筈はなかった。
無力だった僕は、このまま流されてしまうだけかと思っていたのだけれどね」
いきなり引き裂かれたロープの結び目。
振動と刃の奏でる風圧に、手を切られるのかと思った。
皮を剥ぐような乾いた音がして、振り向けば一人の女の子がいたのだ。
海の上で着物だなんて、と
ちぐはぐした印象を受けた記憶が、珍しく僕の中にある。
白い着物と紺色の帯を締めた、凛とした女の子だった。
「彼女がね……」
その子が
真綿だったんだよ。