第45章 泡沫の花 後半…三島由紀夫誕生日1月10日記念
「ぇ…あ、え、ユキ……?
どうし…なん、でぇ…っ…!」
髪はどうしたの、なんでないの
そう言おうとしたのだろうが……
エリス嬢の言葉はあえなく嗚咽に消えた。
愕然とその綺麗な青い瞳を丸くさせたかと思えば、一瞬あとには薄い涙の膜によって揺らぐ。
声を震わせて、帰ってきた三人衆にふらふらと歩み寄った。
「あ……ただ今、エリスお嬢さ…ま……?」
「やだ、ユキ、なんで…!」
茫然と、悄然と、愕然と
壊れたようにエリスが泣き出してしまったのだ。
どうやらこのタイミングは最悪で
精神的ストレスが掛かったのだろう。
「三島君、あのあと髪どうしたの?」
「ん?見苦しいからさっさと花びらに変えて流したよ。」
三島に後悔や未練は少しだってない。
太宰はこの事態を首領に何と説明したらいいのやら、先ほどからウンウン唸っているが……
この分だとエリス嬢の泣き声で首領が飛んで来るだろう。
エリス嬢の目の前にひざまずいて、
とめどない涙を拭う三島のさまはまさに王子様。
一方の中也は未だ三島のあの行為が解せないのか
何とも言えない苦味を噛んでいるようで。
「おや、三人ともご苦労様……って…三島君?」
「リンタロウ…ユキが、ユキの髪が…!」
少女の反応は、三島がまるで身体の一部でも失くしたかのようだ。
たかが髪なのに。
また伸びるのに。
三島には、それが
"そういうもの"だとしか理解出来ないのだ。
人の気持ちが表す大切さが判らない。
極めて個人的な価値観など、
個人にしか影響しないのだから。
「……中也、さっきからずっと何?
三島君に何か言いたいの?」
「いや……」
「あっそ?
…三島君はさ、多分こういうのこれからも平気でやるよ。」
指一本……だとさすがに迷うかもだけれど、
衣服とか金銭なら少しも躊躇わないだろう。
それに、たとえ前者だとて必要があれば
痛覚を遮断してでも尻尾を巻くだろう。
逃げ切り、生き残った結果を作るためだけに。
「だったら言いたいこと伝えたら?」
「……余計な世話だよ」
「ふふ」
それから数ヶ月後の、いま。
未だに中也は三島に伝えていない。