第45章 泡沫の花 後半…三島由紀夫誕生日1月10日記念
「へ?」
「え」
三島の頓着なさそうな声だけが聞こえた。
中也は隣にいる三島を見、
太宰は前にいる彼を見る。
「うーん……うん、まあ、いいかな」
三島の、温度の籠らない声音。
彼の本質。
本当は、あんなことを言っておきながら
三島は女性にも人間にもはなはだ興味はない。
「待ッ––––!」
中也がそのナイフで何をするのか悟った時にはもう遅い。
三島が自分の緩く括った髪に手をやったかと思えば、
くんっと三島のミルクティー色が宙にひらめき、すぐに繊維を切る音がした。
「––––あ」
太宰だって言葉が出ない。
まずい。
こんなことになるとは思っていなかったのだ。
首領に何て言い訳をすればいいんだ。
「髪が欲しいのならあげるよ」
ぱらぱらと切り落とされたもの。
首領が、エリス嬢が、真綿が、
密かに誰しもが気に入っていた髪。
「それに何より––––
僕は、だれのものでもない」
冷えた声が静かな空間にただ響くだけ。
ただの下等生物としてしか認識していない、
一枚の絵の中にいるだけの人間を見る双眸。
その目が怖いと思わされた。
三島が世話をしているあの少女、上橋菜穂子はこの目を知っているのだろうか。
否––––大切なのは、この目を知っても、
三島を好きでいられるのかということだ。
権力を欲し、生を欲し、そのためになら他人など平気で蹴倒す人間を
虫けら程度にしか捉えていない瞳だ。
「中也、確保して」
「……あァ」
三島にとって、短くなってしまった自分の髪など何の執着もないだろう。
たかだか神経の通らない部位を切除したに過ぎない。
中也には、それが嫌だった。
どうしようもなく。