第45章 泡沫の花 後半…三島由紀夫誕生日1月10日記念
「つぅかだなぁ––––」
中也がペン立てからボールペンを摘み芯を出す。
だめだ、こいつら幹部様に常識の二文字はない。
いや在るんだが、特に三島なんかは
そういうところに気を付けている奴代表だし。
「闇鍋はべつに黒いモンに限っている訳じゃねェよ。…つか黒い食い物ッて何だ、何がある他に!?」
「黒い食べ物……ああ、チョ」
太宰の言葉は遮られる。
中也からの、顔面に当たるぎりぎりで躱した拳によって。
ビュ、と残像のように駆け抜けた風圧に
太宰の襟足の髪が揺らめいた。
「危ないなァ……まったく穏やかじゃないね。
三島君を見習ったらどう?中也。
ちょっとそこまで花を買いに行って来なよ」
当の本人、三島君と言えば
二人の内輪揉めに興味があるのかないのか、
はたまた何を考えているのかいないのか……
よく判らない紺の瞳を明後日の方向に向けていた。
「手前ェ太宰……手前こそ、こいつと同じくらいの包帯の量にしてやろうかあぁん?」
「ヤ〜だね。
……三島君のは見ている傍から痛そうだ。
私、痛いの嫌いだから」
二人の犬も食わない口論のそばで、三島は
苦笑のへったくれもない顔で
サラサラとボールペンをメモの切れ端に走らせる。
相変わらず綺麗な字を書くな、と太宰が一瞥すれば
「はいこれ」と中也に手渡しした。
「……これ材料、」
「うん。どうか二人で行ってきてほしい。
僕はほら、外出は逐一監視されているからね。」
今度こそにこりと笑った三島が言いたいことは判る。
口喧嘩をしていた太宰と中也、両者を二人一緒に窘めたのだ。
それはもう、受け取る側が傷つかないように
丁寧に計らわれた意味合いで、遠回しにやんわりと。
「……チッ…そういう奴だよ、手前ェは」
中也が矛を収めてメモを手に取る。
三島にはこういうところがあるから
幹部についているのだ。
書いてある内容は、どれも一般に『鍋料理の具材』といえる常識的な物ばかり。
……何故だか不意に哀しくなったような気がした。
メモを力任せに握り潰したくなる。
三島に無性に謝りたくなったのだ。
そんな中也に気づいてか、三島が二人の背を押した。
「……そんな顔しないで。
ほらほら、暗くなるから。
早いところ行って来なさい」