第44章 泡沫の花 前編…与謝野晶子誕生日12月7日記念
そう。
何がどうなっても。
三島にとって雇い主は森さんであり、
森にとって三島は部下、同胞、たのしい友人。
洒脱とした理知的な人間のなり損ない。
それが三島由紀夫の定義である。
三島由紀夫は、森鴎外の私邸夢見屋。
いかに森さんと仲が良いにすれ、三島は従者だ。
「……どうせなら、私だけの騎士だったら良かったのに」
エリスが拗ねたようにそう呟いた。
三島に対して言った言葉ではない。
「もちろん」
しかし、三島はそれを聞いていた。
エリス嬢の心の中を
ほんのちょっぴりだけのぞき見して
僕にひざまずいて手を差し伸べてほしいのかも、だなんて機微を大切そうにすくい取った。
「エリスお嬢様のことも、僕は全力で守るよ」
エリス嬢より低い目線にまでひざまずいた三島が、その小さな手を取った。
すっとその濃紺の瞳が細められる。
「……ユキは、とてもずるいわ。
人のしてほしい事をのぞき見できるなんて、ずるい」
「甘んじて受け止めるよ」
三島がやれやれと肩をすくめた。
ただこれだって、体現的な人間の心象を真似しただけ。
「僕にも心がほしいなあ」
「心なんて、とっても重くて面倒なだけよ?」
だって私がそうだもの。
エリス嬢の言葉は声にはならなかったけれど。
森鴎外の異能力によって
エリスという存在は確率されている。
彼がいなければ、エリスは作られない。
「でも、リンタロウは私にこころをくれたわ。
いらない機関はだいたい使い捨てだし、
私が一番楽しみにしていた恋というのもないんだけど」
金色の髪を指でたぐって、エリスの瞳が弱く伏せった。
恋とか、してみたかったのに。
誰と、はまだ判らないけど、してみたかった。
でも、搭載されていない機能を欲してもむりよね。
「じゃあ、ユキが私の王子さまになってくれる?」
「お嬢様がそう望むのなら。
夢を夢と思わせないのも、僕の本業だからね。」
夢の世界でまどろむ、機械仕掛けの少女。
彼がその夢を捕まえている限り、
エリスの夢は誰にも害されない。
三島由紀夫の信念である。
彼が、幾千万の夢の番人だとて……
目の前の女の子の夢を守れれば、
彼にとってどれほど価値の高いことだろう。