第44章 泡沫の花 前編…与謝野晶子誕生日12月7日記念
「屋内なのに、青空がある……」
そう呟いた少年の横顔目掛けてどこからともなく
ブワッと蜂が羽撃くかのような耳障りな音がし、鋭い針が投擲された。
「おや」
紅葉がそう一言だけ言い、ひらりとたもとを翻す。
着物の袖で小柄な中也を隠し、小さく呟いた。
「––––【金色夜叉】や…」
過たず弾丸まがいの速度であった植物の長針は、
バキッと中也の目元まで迫ったのち腹から折られて呆気なく無益そうに花びらへと変化して散っていった。
「……紅葉姐さん、矢ッ張りいきなりは歓迎されてないンじゃ…」
そう言いかけた中也の向こうから
ギイと音を立てて、薔薇の花と蔦の絡みついた真っ白い鉄門が開かれた。
まるでおとぎ話の世界である。
「紅葉姐さん……!?
すみません、食虫植物の防衛機構が……
粗相をはたらきました。
おけがは」
穏やかな少年の声が奥からし、ひとりの男が慌てたように駆けてきた。
「あれ……姐さん、その隣の彼は?」
首を傾げた三島を、中也がじっと見ている。
ミルクティー色の髪
星空の瞳
たおやかな所作
出会って一眼見た瞬間に、力がふわーっと抜けそうな空気を纏っている。
……胡散臭い。
まだ年端もいかぬ子どもだろうに、三島はてんで信じ難い。
中也少年が三島に抱いた印象だった。
「ふふふ、可愛らしい男の子(おのこ)であろう?
童(わっぱ)の名は……ほれ中也」
「中原中也……」
紅葉に促され、中等部に入るか入らないかくらいの年であった中也が、三島にそういった。
無愛想ぶっきらぼうも良いところだったが、当時の中也からしてみれば
自分より年上そうな三島には妥当な反応だろう。
「ああ、森さんが言っていた子だね?
僕は三島由紀夫。
君の籍から見るに、僕よりふたつほど年下だってきいていたけど……」
とはいえ、当時の三島由紀夫とて子どもである。
「異能力者なんだって?」