第44章 泡沫の花 前編…与謝野晶子誕生日12月7日記念
「姐さん、あそこは何ですか?」
まだ幼い中也の手を繋ぎながら、
尾崎紅葉は中也の目線をたどる。
示されたのは重厚な両開きの扉。
言うなれば、鍵のかかった屋上へのドアとか
寺子屋の、使用中の学長室のドアみたいな
そんな雰囲気。
着物の袖を手繰り寄せ、紅葉が笑みを浮かべた。
「寄ってみるか?」
「いいのか?」
構わないとも、と紅葉が鷹揚に頷いた。
臙脂色のペルシャ絨毯に導かれ、その妙に豪奢な扉の目の前へと到着する。
「この扉からここへ入るのは、私とてそう多くはないな」
紅葉の言葉ももっともで
普段なら扉一枚隔てた向こうの空間は、首領執務室と直通であるからこちらの扉を使うまでもなかったのだ。
しかし紅葉のそんな言葉は
幼い中也の不審感を煽っただけである。
「まさかものすごい魔境だとか、よくある都市伝説級の迷路だとかじゃァないですよね」
「そんなものがマフィアにあるものか」
ただ、神話やら民間伝承やらで一緒くたにされがちな昔話の中にある、とある作品のような場所ではあるけれど。
「では、開けるぞ」
そう言って紅葉の指が扉に到達する前に、サッと横から黒服の下級構成員たちが割って入り、先に開ける。
紅葉は五大幹部である。
そのため、紅葉御身自らが扉を開けるだなんてことは控えてもらいたいのだろう。
扉を開けて、二人が踏み出す。
「ほら、見てみよ中也。
まるで桃源郷のようじゃろう?
中国にあったと信じられている胡蝶の夢だ」
紅葉の言葉を耳にしつつも、幼い中也の蒼い瞳は
この温室を彩る天球状の蒼穹に吸い寄せられた。
色彩の暴力とでも表現しようか。
とにかく、現実味が無さすぎる。
「屋内なのに、青空がある……」