第44章 泡沫の花 前編…与謝野晶子誕生日12月7日記念
「じゃあ、早速お手並み拝見といこうかな」
そう言って、私は三島君に
一段と重厚そうな木の扉を示した。
「向こうの部屋にね、エリスちゃんという
現在の君より四つ程年下の女の子がいる。
エリスちゃんは今まさに就寝中。
君の力で、良い夢を見させてあげてくれないかな」
我欲に準じた願いを三島君に言うことは
どれだけ政府の反感を買うのか、とか
判っている。
けれど「この程度」と
どこか思ってしまう自分もいる。
この程度軽いものだ。
なにせこの少年は、異能力者の中の更なる異端。
頷いた彼が立ち上がって、エリスちゃんの寝室の扉の前に立ち、手をかざす。
流石に立ち入ることはしなかった。
(教養はある、か………)
じっと少年の様子を見ていれば、彼が薄く唇を開いた。
そして。
–––– 「 【 –––––– 】 ……」
目を閉ざす。
唇を震わせる。
声は届いた。
たしかに鼓膜を叩いた。
が。
何て言ったのかが、その言葉が
バラバラの鎖が如く聞き取れない。
ノイズのかかった声音というか。
目を閉じた三島君が、しばらく死んだように動かずに額を扉に近付けた。
そしてその紺色の双眸が初めて
私個人を一枚の絵画から切り抜いたかのように開かれる。
「––––は、」
私の口から、乾いた笑い声が漏れた。
なんだこれは。
愛する者に殺されるだなんていうから、どれほどおぞましく、
赤黒い気(け)に染まっているのかと思っていたけれど……
「花、かい?」
「花、です」
治した患者さんからもらった花束も、
花瓶に挿したままの、枯れかけた花もすべて
すべてが
幻想のように咲いているじゃあないか。