第44章 泡沫の花 前編…与謝野晶子誕生日12月7日記念
コポコポと、静かな音を立てて
白い陶器のカップに紅茶が注がれてゆく。
慣れた手つきで布巾と共にソーサーを戻し、それを大きな卓へと置く––––
「どうぞ、森さん」
「ああ……済まないね、三島君。
ああ、あそこにあるあれを
向こうにいる部下に渡してきてくれるかい」
首領は卓にある書類の山から目を離さない。
「はい」
三島が柔らかく笑った。
指示語のオンパレードだが、この二人の内ではそれで充分。
背を向けあい別々の仕事を双方がしていても通じ合えるであろう。
それは何も、長年森さんの近くに居たことも手伝ってはいるだろうが、
この二名の先天的な頭脳の高速回転率が似通っているから。
……三島がここ、ヨコハマの悪しきポートマフィアにいるのはいつからだったか。
古参という括りでなら、紅葉姐さんや広津さんたちの次くらいには出、
次いで太宰と中也が紅葉姐さんと首領に拾われて、
芥川龍之介とその妹の銀が太宰により拾われ、黒蜥蜴が結成する––––そんな所か。
そう、では、件の『彼女』は?
ずっと昔、中也や太宰たちがまだマフィアに属したてくらいのかなり昔。
ある真冬の日に、自身の誕生日を忘れていた三島に首領とエリス嬢が、
「この森邸に専属夢解き屋として雇われて、はや四年も経ったねえ」
と言っていた。
そのあと畏れ多くも誕生日パーティーをしたはいいものの、ケーキというケーキはエリス嬢が食べ尽くし、さしもの森さんも虫歯の心配をしていた。
つまるところ、今現在に至るまでに……
三島が森さんという一個人に買われてその力添えになっているまでに、7年という膨大な時間の量がそこにある。
三島が十六か十七になるくらいには、その身を悪者のそれである真っ黒に染めていたことになる。
彼女が、真冬がそんな折に首領に海外で買収されて三島に出会ったのは、
三島がヒトの年齢でいう十五歳のときだった。