第44章 泡沫の花 前編…与謝野晶子誕生日12月7日記念
「そうだねェ……
でも、狂犬病での致死率はほぼ100%だ。
ま、狂犬病自体は人から人に移るもんではないけど狂犬病に罹ると水が怖くなる」
とんでもないモノが地球上にはあるもんだと妾はため息を吐いた。
その言葉に由紀が嗚呼、と穏やかに首を傾ぐ。
「言うね、恐水症。
水を見ると痙攣するんでしょう。」
狂犬病ウイルスが脳を侵すと、嚥下も発語も犬のそれになる。
人間が、だ。
獣のような咆哮をあげ、暴れまくり、昏睡して一週間ほどで死に至る。
人間が、だ。
「きっと君は納得しないだろうけれど……
これの模範解答はね、『なにもしない』なんだ」
「……少女は?」
救いを求めてそう聞いたのではない。
何もしない––––そう聞いた瞬間に
冷たい暗闇の
行き先の見えない道が
途絶えるかのような感覚がした。
納得いかない。
だって、『なにもしない』では駄目なのだ。
なにかすればどうにかなるかもしれない。
けれど……なにもしなければ、
その奇跡的確率さえも、そこにはないのだから。
「近くに狂犬病のウイルスを持った犬がいる。
それだけの要因で、その少女に出来る術はなくなった。」
嗚呼––––、
由紀は言っていた。
個人の病をたとえ治せたとしても……
「ワクチンを受けることは出来るのだけど、90日もの摂取期間がある。
発症にそうそう間に合うとは思えないよね」
病原菌自体を、この世から無くすことは出来ないのだと。
「それでも、そうだとしても。
医者である妾には看過することは出来ないンだ。」
医者が匙を投げるだなんて落ちの物語があるが、妾はそれを笑って肯定することは出来ない。
「なら、どうしたらいい?」
まるで何かの講演のようだった。
判らない事があれば聞いてもいい。
そこに、自分では判らない未知があるのなら。
「うーん……
毒で身体がやられてしまうのなら、
毒の中でも生きられるようにしたらいいんじゃない?」
「毒を無きものとするのではなくて、毒の有用性を無くすッてわけかィ」
例えばワクチンもそうだろう。
しかし、その二つには
決定的に違うところがあった。