第44章 泡沫の花 前編…与謝野晶子誕生日12月7日記念
「うわァ……
きっとその上司は、由紀の頭の思考律を熟知しているンだろうねェ?」
「まあ、最高責任者みたいなお人だからね。
化かし合いも大体は看破なされる」
にこにことしたビジネスマンライクのアラフィフ、しかも幼女が好きときた。
色々混ざりすぎていて、混沌とした方である。
「名前も顔も、もしかしたら性別も知らない100人より、情がわく一隻の知り合いひとりを助けたとして、そこに罪悪感はあれど どこか他人事になるのだろう……」
心を持たない由紀には、判らない。
判り得ない。
永遠に、永久(とこしえ)に。
「それを判っていた上で、僕の上司はその『情がわく一隻の知り合いひとり』を100人の天秤に掛けたのさ」
「趣味の悪いことを」
妾なら、どうしたか。
右の天秤には家族。
左の天秤には名も知らない初見の100人。
「本当だよ。
気分を害す事はなかったけれど、珍しく眉を顰めてしまった記憶がある」
「それでも」
会話をぶっち切って、妾は言った。
気にする事なく由紀が頷く。
「うん」
「それでも妾なら、100人を助ける。
たとえ気の狂うような生と死を目の当たりにしても尚、そこに助けを求める患者がいるのであれば」
妾の言葉に由紀がそっか、と曖昧な解答と笑みをこぼした。
そしてその指が、三つのことを指し示す。
「ここで聞かれているのはね、倫理観とモラルと生死観の三つだ。
倫理観は気持ち的にどうすべきか、だね。
モラルは即物的にどうするのか、だ。
生死観は、言い換えてしまえば……
質問された側の、つまり君の主観だ」
まるで学校の先生みたいに、由紀は優しく言う。
子どもに……いや、割と年の近くて若いメンクイ女子に大モテするタイプだろう。
「僕の答えは後々。
なら、別の問題をしよう」
––––狂犬病のように、必ずと言っていいほどの確率で死亡する病にかかったとする。
閉鎖的な土地で起きたその病の発端は、羊飼いをしている少女の家の犬だった。
100人の狂犬病患者と、
狂犬病にかかっていないひとりの羊飼いの少女。
自分は何かひとつだけ出来るとする––––
「範囲広ッ!?」
「あはは、まあそのあたりは常識範囲内で物を言ってね。
嗚呼、それとこの質問にはちゃんと模範解答あるよ」