第44章 泡沫の花 前編…与謝野晶子誕生日12月7日記念
「そんなの、迷うわけがない」
「へえ?」
由紀の瞳が挑発的に細まった。
「指の隙間からこぼれ落ちる砂粒。
それが、きっと患者の命そのものなのさ。
妾はきっと100人の方を助ける」
由紀の目に映る、凛とした赤紫の瞳。
そこに映る自分は、震えているようにも見えた。
「きっと、がつくのは後悔の表れかい?」
「今日の由紀は意地悪だねェ」
ため息をついた横で、由紀が笑った。
「この話をね、僕の部下にも持ち掛けたんだ。
元々、僕の上司からの受け売りみたいなものだったから。
君は会ったことあったかな?なかったかな?
一度、中……クロと一緒にいたと思ったけれど」
部下。
由紀の部下。
あァ、あのとき交差点でまみえた
巨大な獣を操る、凛然とした少女のことかな?
「あの子のことかィ?獣に乗っていた……」
「ありゃ、彼女の異能力を把握しているのか。まずったかな……」
どこ吹く風で由紀は独り言ちた。
「まあ、それは追い追い何とかするとして……
その彼女はね、こう言ったんだ。」
––––ひとりの方の船を助けます。
瀕死、というのは
もはや話も通じない、という100人なのですよね。
なら、軽度の病状であるひとりを速やかに保護し、事の解明を急ぐべきかと……。––––
「……成る程、その生き残ったひとりを証人にするッてわけか。考えるねェ」
「僕も、その意見に関心したよ。
たしかに合理的で、理にかなっている。」
目の前で死にゆく100人たちを見ていたらきっと自分の気が狂うだろう。
なら、確実な命を助けるべきだ、と。
「由紀は?由紀はその上司に何て答えたンだィ?」
「うーん……
僕への質問の時にはね、さっきの質問にこんな一言も付け足されていたんだよ?」
––––一隻に乗ったたったひとりの軽度の病状者が
例えば、自分の親なり兄弟なり、大切な人だったとする––––