第43章 月は綺麗ですか…江戸川乱歩誕生日10月21日記念
たん、と襖を開け放ち中を見回るが、彼はいなかった。
玄関先で勿論お召し物も確認したが……
どうやら本当に邸宅の中にいないらしい。
「あるじ殿……!」
「た、多分大丈夫だと思うけど?福沢さんだし。
僕みたいな人じゃないし……多分」
大方、福沢さんも同じような経路を辿ったんだろう。
怪我の治療の為に 僕が真綿のところは行ったまではいいものの、戻ってこないから見に行ったらいなくなっていた……と。
「探しに行っちゃったのかも。僕たちのこと。」
「益々不味いじゃないか」
真綿がそう言って僕を見据えた。
「何で?」
「妾はまだ武器を預かられている身だ。
それなのに何の抵抗もなく、暴れた形跡もなく…と来たら」
「あっ」
うん……想像出来ないことじゃなかったからさ、有り得るかもって考えはしてたけど……
でも、福沢さんはそんな短絡的な考え方しないし。
「これ、僕が連れ出したって感じだよね?」
「何だ、結局はちゃんと真実に至るのかや」
真綿は中庭から外を見遣る。
そこに福沢さんの姿はない。
何となくだけど…真綿の華奢な背が、無意識に福沢さんを欲しているような気がした。
否、その時ばかりは考えすぎていたんだ。
真綿が欲していたのは福沢さん個人じゃなくて、『あるじ』である福沢さんだったから。
「それはそうなんだけどぉ……」
ちょっとだけでもいいから、僕の心配とかないのかな?
そんな僕の気持ちを見透かしたように、真綿の澱んだ黒瞳が僕を見た。
「あるじ殿は乱歩に甘い」
「ここに至るまでにものすっごく痛い平手打ち喰らったんだからね!?」
家中 歩き回るけど、やっぱりいないみたい。
帰ってきたら小言の一つじゃすまなさそうだなぁ……
「ほう。それは。
虎の子を突き落とすが如し…さね」
記憶にそこまで古くもない、あの劇場で起きた惨劇。
僕だけじゃ解決出来なかった。
「でも、すごく感謝してる。
感謝しきれないくらい。
福沢さんがいなかったら、僕は僕じゃない。
今でも、きっと勘違いしたまま、色んな人を傷つけたと思う」
乱歩にとってあるじ殿は、親とか、そういう関係よりも親密なところで成り立っている。
真綿が微かな羨望を垣間見たとき、前を行く乱歩がふと振り向いた。