第43章 月は綺麗ですか…江戸川乱歩誕生日10月21日記念
「おじさーん、これも頂戴!」
「あっ、おばちゃんお久しぶりー!
ねえねえこれって新作?だよね?なら頂戴!」
「これ安くなってる!
え?今日創業記念日?ならむしろ、今日くらい休んだらいいのに……
でも頂戴!」
先程からの乱歩の食べたいものねだりは際限というものを知らない。
ぐいぐい、真綿の手首を取って連れ回す乱歩の様子は、誕生日に街を歩く子どもと親のようだ。
とはいえ乱歩はぎりぎり成人している訳であり、真綿がむしろ年下な訳だが。
「乱歩……」
「真綿、次は向こうの駄菓子屋行こう!」
「乱歩、」
「あっ荷物多くなっちゃうからこっち持つね」
「聞けし」
真綿の片手にある駄菓子の詰まった袋を持てば、彼女がそう言って来た。
乱歩が手当たり次第に買い込んでいるのは兎も角、他のことをする暇さえ与えないのは……
「何をそんなに急いているのかや……
妾と買い物などこれから幾らでも出来よう」
手を引っ張られながらも真綿が尋ねる。
乱歩がその言質を聞いて、翡翠色の瞳を細めた。
そしてその唇が紡いだ言葉に、目を伏せることになる。
「……嗚呼、真綿自身はそんな未来を否定しないんだね。安心した。
不確かな未来を否定はしなくても、言葉になんてしてくれないと思ってたもの」
「……それは」
乱歩は見透かしていたのかもしれない。
いつか真綿がいなくなる時が来るのかもしれないと。
今の自分には、彼女を理由もなしに繫ぎ止めるすべを持たない。
福沢さんの執事役である。
なら、僕と彼女は?
何も、なかったのだ。
「拾ったのは確かに僕だけど、福沢さんに渡した瞬間からそれは破綻したんだ。
街でものを拾うとしよう。
それを軍警に届けて、近いうちに元の持ち主が来たとしよう。
その時、ものと拾った人との関係は?」
僕からの唐突な問い。
立ち止まった真綿の手を離さないまま、背を向けて言う。
ぎゅっとまるで人形の手を握り潰すように、彼女の手首を力一杯 掴んでいた。
「何もないな」
「何もない」
「乱歩、手が痛い」
二人が吐いた息は白い。
こちらを見ない乱歩が、今どんな表情を浮かべているのか。
その当時の真綿には、背中越しの彼の貌はまだ判らなかった。