第42章 倒錯……V
「…………」
「…………」
警察署の応接室にすぐに通され、転倒した際に負った怪我の手当てを速やかにしてもらえたらまだは良かった。
だが、先程から黙りを続けている理由としては––––
「私の鞄、いつ返ってくるんです!
異能力者なのでしょう、貴方!
さっきみたいに私の鞄をすぐに取って来させることは出来ないの!?」
俺たちが、厳密に言えばあの時あの場にいた俺が
異能力者だと気付いたこの女性は、その途端驕ってきた。
人間……言い方は悪いが『純粋な人間』である女性と、
人間の突然変異で変化した異能力者の自分。
異能力という物があるからこその労働力を勘違いするような人はたくさんいる。
この女性も然りだ。
真冬からは引ったくりの男を捕縛したと先程連絡が入った。
だからもうすぐここに来るはずだ。
それまで彼女を諌めておくしかあるまい……
「じゃあ、妾たちとあなた様との違いは何かや?」
突然の聞き慣れた声に振り向くと
襟首を掴んでぐるぐるに簀巻きされた男を引きずる真冬がそこにいた。
「真冬」
「人間ではないと宣うのなら、血を流すこともお咎めなしと来た。
全く、嫌な世にもなるものさね」
そう言ってぽいと男を警察署内に放り込む。
青虫のように為す術なく投げ出された男が
「あぁ」だの「ぅう…」だの声になっていない苦悶をあげていた。
「確かに…異能力者という存在は都市伝説にも近い。
それこそ偶像崇拝の対象として羨望視、
人間になり損なった軽蔑視があるだろうさ」
命が命である事に変わりはない。
「お待ちかねの鞄。
紛失物、窃盗はないか確認すると良い」
真冬がソファに座した女性に鞄を渡し、男も軍警に引き渡す。
女性はすごい速さで鞄の中を確かめてゆく。
真冬はそんな様子を面白そうにしながら、女性を見遣った。
真冬にとって人間の傲慢さやこういう醜い差別意識なんて可愛いもの。
自分はそれよりも凄惨な修羅場をくぐり抜けてきたのだから。
「盗まれたものは有りません。
そこのあなた、本当にありがとうございました。」
女性はいきなり現れたふつうの人間に礼を言い、ソファから立ち上がる。
真冬は心底面白そうに笑いを堪えていた。