第42章 倒錯……V
「あ……?何で知って」
と……不自然に言葉が打ち切られる。
すぱ、と
脇腹が鋭い切れ込みを伴って切り裂かれ、男の後方に血が舞ったのが目に入った。
「え? 痛…、えっ、あ、ひ––––ッ!?」
個人雇いの殺戮にはもれなく罪と罰がついてくる。
だが……宮廷、国お抱えの暗殺者の場合はどちらにも処されない。
例えるなら、クラッカー狩りをする政府のホワイトハッカーは犯罪者にならないという感じか。
国に必要な殺人であれば、その罪は問われない。
カランカラン…と匕首が澄んだ音を立てて着物の袖から滑り落ちた。
「ふむん。言質は取れた。
それはともかくとして、そのご婦人の鞄と……
独歩の携帯を盗ったのを、妾たちが見過ごすと思うたかや」
……嗚呼、そう言えば何年も前に…
政府の重役が何人も殺害された大事件があった。
いわゆる辻斬りだの通り魔的なのではなく、
政府から回された、政府による政府の者の殺害。
生き残った当代の重役は、"孤剣士銀狼"と言うらしい。
今はどこで何をしているのかは判らない事になっている。
日本刀技に長けた武闘家の彼が、当時の政府から頼み込まれてやった殺戮なのだとしたら……
当時の同僚をその手で斬り殺すという行為は一体、どれほど彼の心を––––
(摩耗させた事だろう。)
彼がその人だと知った上で自分は忠誠を誓い、
身を、剣技を、全てを捧げた。
––––その劔、御手が懐より動くこと勿れ。抜刀するより先に汝の素首を掻くこと非らむ。––––
「福沢殿……」
ぽつりと、真冬が呟いた。
何を考えて何を思っているのかが判らない双眸。
その黒瞳に真意はない。
「妾はきっと、其方の役に立ちよう」
「ひッ––––嫌だ、ごめんなさっ、ごめんなさい殺さないでぇェぇえええ!!」
真昼の路地裏になんとも物騒な悲鳴が響き渡った。
「ふむん」
男が泡を吹いて後ろ向きに転倒し失神したのを確認してから、真冬が男の脇腹に浅く刺さった匕首を抜く。
溢れ出した血液を拭い取り、強く押さえて止血を施した。
「劇薬なんて使うものか。
芍薬調合だ、精々一日くらい寝たきりだろうさ」
目の前には、津島警察署が控えていた。