第42章 倒錯……V
「––––……」
はぁ、はぁ、と荒い息遣いが僅かに聞こえてくる。
思った以上に男は健脚で、後から追いかけ回す真冬が
どこを曲がりどこを渡ったのかを記憶しながら走る。
前を走る男は肩で息をしながら玉のように汗をかき、それでも猛スピードで逃げてゆく。
対照的に真冬は汗すらかいておらず、道をショートカットしながら確実に距離を詰めていた。
「糞ッ、あんたも陸上とかやってたのかよ……!」
「ほう?」
真冬が走りながらぱたぱたと懐を探り、それから小袖の中から糸を引き出した。
「成る程、陸上競技で体育大から確約を得ていたものの、私立は高くて金子が足りないゆえの行動か」
では、拳銃の出どころは?
「銃を持っていると通報があったが」
「へ、へへへ、坂島はなぁ、なんだって……っ、はぁ…願いが、はぁっ、叶うん…だよ!
あんたの推理は一つ違ぇ、俺はなぁ、はあっ…はぁ、
今の…大学を辞めて、体育大に行くンだよ…!」
真冬は端的な質問ばかりを投げつけるが、答えるほうの男は走りながらだ。
息を切らしながら答えて来た。
「ふむん、つまり採用か選手か、と言ったところか。」
今よりもっと出世すると言うのに……馬鹿な事を…
「……」
ちらりと電柱に貼り付けられたチラシを適当に見やると、七宝町と書かれていた。
この辺りならば軍警察署が近いか。
そろそろ大通りに辿り着く、そう気付いた真冬が最後に問いを投げかけた。
「貴様が辞めると言っている大学は、
この辺りの…向こうの方にある、心理系に長けた大学かや」
そう、今まさに、晶と治が調査してくれている場所だった。