第42章 倒錯……V
「割と荷物が多くなったね」
「ほら、重い方貸せ」
貸し出し許可されていた書物の束を運び込む。
真冬がありがとうと国木田に束ねられた本を渡した。
「先ほどの話だが」
「ふむん?」
まだ与謝野女医と太宰は、こちらが絞り込んだ容疑者の授業を聞いているらしい。
国木田が真冬を振り向いた。
「俺は、そいつに会ったことがあるかもしれない」
「……ほう」
異能力、異能生命体、人語を理解する獣。
つい先日、社長とバージンキラーを討伐している真夜中に出会した最悪の相手。
乱歩さんからの救援がなければ、時速300キロの巨獣の接敵は察知すら出来なかった。
そう、足音影の動き一つすら立たず。
「まだ若い小娘だったな。齢は十代後半といったところか。
獣は軽トラックを凌駕する体高があった。
とても少女が制御出来るような物には見えなかったが……」
真冬がそれを聞いてふうん…と目を伏せ考え込む。
「名前は判るかや?」
「ユウと名乗ったが偽名だ。貴方、の意味のユウだと」
ふと真冬の脳裏に一番に浮かんだのは、かつて自分がいた所で買い取ったあの彼女。
だが本名でないなら、まだ早計だ。
まあ……十中八九あの娘であろう。
ポートマフィアに勤めているから、名を名乗れない。
と、その時。
「きゃー!!」
と女の人の悲鳴が真っ昼間から劈いた。
「!」
「なんだ?」
話をやめて二人が顔を見合う。
耳の良い真冬が先導し悲鳴の元へ走っていた途中で、
ひとりの男が見るからに女物の鞄を抱えて道路を逆走して行った。
自転車でもないのに道路を足で走る男が遠ざかる。
「引ったくりか」
「妾が行こう」
袴の裾を翻して、視界の横を黒髪が横切って行った。
「待って、っあ!
気を付けて!あの人、銃を……!」
倒れている女の人を抱き起す国木田が、彼女のそれを聞いて携帯を取り出そうとし––––
「……!」
まさか、あの一瞬で盗られたのか。
携帯が無い。
「ち……あの男…!」
上着の内ポケットから、『理想』と書かれた手帳を取り出した。