第42章 倒錯……V
「真冬––––……」
国木田がふと、仕事上聞き慣れた音を聞き取って立ち止まる。
それから手を伸ばし、前をゆく真冬の着物の裾を指が掠め、すぐに手首を掴んだ。
そのまま自分の方へと引き寄せると、いつもであれば信じられないくらいに
ごくあっさりと腕の中に舞い込んでくる真冬。
「危ないぞ」
「……!」
腰元まで煙る彼女の髪がふわりと弧を描いて国木田の腕中で落ち着く。
歩道は青信号であるが、このご時世今時珍しいスポーツカーがスピード違反しながら疾駆して行った。
勿論、後から軍警の車両も続く。
真昼間からカーチェイスとは迷惑極まりない。
「莫迦、仕事中に気を抜くな」
「済まない……無意識だったさね」
一キロ先に落ちた針の音も判別出来るのではないのかと国木田が冗談混じりに呟いた。
とはいえ、本当の事を言われたのも事実で。
「人間は––––」
真冬は呟きながら、明後日の方向を向いている……
ように見えたがその実、目的地を見据えているのだと国木田は知っていた。
「好きな人が隣にいると眠くなる、というのは本当だ。
脳にリラックス効果がもたらされて、安心して眠くなる。
睡眠は生物の致命的な弱点だね」
「まあ、睡眠は自然になる気絶だからな」
自然に来る、が正しいだろうか。
「成る程、信用出来る者が隣にいると、生物は安心して気が抜けるらしい」
「そこに繋がるのか」
真冬は薄すぎる笑みを浮かべ、その隣で国木田も笑う。
「ハ、大層な屁理屈じゃあないか」
「真冬が言い出したことだぞ……」
邪魔が入らない久々の2人きり、出がけの乱歩さんの笑みは忘れるものか。
突然訪れた暫くぶりの2人きり、慣れた空気が心地よくて口数が多くなる。
「真冬」
「ん?」
その小柄な体躯をわずかに先へと追い越して、振り向き手を差し出した。
「行くぞ」