第41章 慟哭……IV
「判るよ、勿論。判るんだけど……」
「けど?なンだよ」
きゅっと三島の目が細められた。
瞳の奥は揺らいでいる。
酷く何かを渇望して……
飢えた、と表現せざるを得ないような虚無感。
「君がだれなのかを思い……だせ?なくて…?」
無意識に息が零れた。
絶望とは、極限状態で希望を喪うことらしい。
ならこれは絶望なんかじゃない。
いつだって『いつかはこうなる可能性』があったのだから。
「名前は判るよ。
キミが君だということも。
でも、その名前の重さが判らないんだ。
例えるなら……、そう、」
そこに一匹の犬がいるとする。
それが犬だとは一目で判るが、何の種類かを問われたら答えられない。
正にそんな感じだ。
予備知識を必要とするならば、答えられたかも知れない。
けれど、三島が忘れたのは七十億という中のほんの一つ。
知識など、得るに値しない。
「ごめん。ごめんよ、中也。
判らなくてごめん……
そんな顔しないでよ」
嗚呼、ほら、だから。
放っておけない。
例えそいつが『人間』じゃなくても、長年一緒に連れ添った仲間に湧いた情を、切り捨てることなど出来ない。
生憎、俺は手前ェじゃないんでね。
こいつなら良心が多少残っているとはいえ、人を切り捨てる選択肢が最善なら真っ先に選び取るのだろう。
「ごめんじゃねェよ、はたから諦め体裁でどうすんだ
思い出せ。」
俺の上からじっと見つめるこいつは
あの彼女以外の人間などどうでもいい、という決定的なものを飼っている。
(ッたく……こんなん、菜穂子には見せられねェ……)
とか思ってると、運気ってのは下落するっつー相場が決まってンだよな……
「中原幹部」
三度のノックが鳴り響く。
今、この状況で。
「––––お早うございます。
三島幹部はこちらに居らっしゃいますか?」
開けられていない扉の向こうでは、上橋がいる。
(……いやいや、マズいんだけど…)
「来––––」
来るな、そう言おうとした寸前。
「だめ」
三島がそう言って、扉を一瞥した。