第41章 慟哭……IV
「……おい……割と痛ェんだけど…」
先ほどまで眠る三島を覗き込んでいたはずだったのに、今は自分が押し倒されていた。
もしも女子が綺麗な貌をしている三島にこんなことされたら一瞬で昇天しちまうンだろうが……
お生憎様、今の俺には恐怖しかねぇ…
「……中也?」
ガラス玉のような無機物の紺色をした結晶がこちらを映す。
こんなもの、おおよそ『見ている』なんて表現はしない。
見ているようで見ていない。
考えてるようで考えてない。
一枚の絵画に押し込められたこの一瞬を
三島はとにかく興ざめしたように眺めているだけだ。
「……あれ、僕」
言葉が発せられるうち、まだ三島は三島なのだろう。
昔読んだ、とある虎の物語みたいだ。
ミルクティー色の髪が視界に映り、興味の対象から遠く外れた人間ひとりを観察するように見遣る瞳。
これが、菜穂子が知らないはずの、三島の昆虫のような本質。
ひたすら機械的な行動を繰り返すこいつに、人間的自我などはいらないと
【仮面の告白】が憐れにも三島から感情を剥離させてしまった。
たった一人の人間に対しての情を除いては。
罪悪感の湧かない三島には、理解しがたいものだった。
良心は辛うじて残ったものの、それは人よりはとても希薄。
【仮面の告白】を保持した瞬間から、感情の機微というものが判らなかった。
救いようのない、この世に生まれついた瞬間から。
あの彼女の濁った黒瞳は、こいつだけに許した『何か』があった。
それ故に、こいつが
『彼女に殺されたい』と望んで……そして。
あの彼女にとっても三島だけが例外だったのだろう。
それは、この二人が出会った時にすでに決められていた因果のようなもの。
「俺のこと判るか?……三島」
こういう時はとにかく名前を呼んで自己を反芻させるのが一番だ。
「判るよ、勿論。判るんだけど……」