第40章 曖昧……III
……ふと、目が開くのではなく
頭の芯から意識が覚醒した。
さっきまでの眠気があり得ないほどに、脳内は明瞭。
「どういう訳でしょう?」
妾の隣で寝ていた治はもう起きていたようで、誰かからの電話に眉を顰めている。
乱歩あたりだろうと薄く笑みをこぼした。
「不謹慎ですよ、乱歩さん」
治の電話の向こうから、福沢殿と乱歩の声が聞こえて来た。
本来、妾はあそこにいるべき身柄なのだ。
背中越しに触れる治の体温にふと目を開ければ治が握りしめた手に爪を立てている。
どんな顔をしているのか判らないけれど、何かが治を追い詰めているのだ。
その原因には……なりたく、ない……
「お早う、治」
「……あ、お早う、真冬」
治はびっくりこちらを振り向き、電話を切った。
「話、聞こえてたのかい?
というか、矢ッ張り起きてたんだよね」
「いきなり眠る環境が変わって眠れるかよ」
誤魔化すように笑えば、治も笑った。
枕元には此度の事件の資料が積まれ、無造作にペンが散乱している。
「資料を読んだ通り。
昨夜のうちに大体は調べたけれど、矢張り妾も治も途中で寝落ちたな」
「うん。十中八九、そうだと思ったよ」
治の言葉に、妾の目は彼の手元の資料にゆく。
途中から象形文字に変わっている。
肩を震わせて笑った。
嗚呼、珍しいな。
妾も治も、2年前から抜け切れてないじゃないか。
それを当たり前のように共有している様が、これだ。
これはこれで良いのではないか、というのは勿論あったけれど、
––––『憎くて憎くて、
君がなにも言わずに消えたことが、
君のために笑えなくなった私が憎くて仕方ないんだ』––––……
そういう訳にも、いかない。
「……書き直すか」
「うん。
真冬、手元が狂う前に寝たのは得策だったね。」
「慣れているからね。
乱歩に連れ回されるだなんてしょっちゅうだ」
ボールペンを取った自分の手に、もう傷はない。
当たり前だ。
あれは夢だったのだから。
「真冬……」
「ふむん?」
綺麗なものには棘があるという風に
綺麗なものでも時には凶器に変わる。
「何でもない……」
治の声は終ぞ届くことなく消えてしまった。