第40章 曖昧……III
「莫迦なことを」
由紀がふっと一瞬、顔を歪めてから真冬の手を取った。
もうナイフによる刺し傷はない。
当たり前だ、ここはどうあっても夢の中。
傷、痛み、怪我。
それ自体をなかった事に出来るのが由紀の能力なのだから。
「死んでほしくなかったのさ」
するりと真冬の手のひらから真紅の花びらがこぼれ落ちた。
それは足元には落ちて、夢の粒子となり搔き消える。
「僕に?」
「嗚呼」
そう、と言った由紀がまた薔薇を摘み取った。
その手には乗るかと身を竦ませると、由紀がくすくす穏やかに笑う。
「もうしないよ。
同じ手が通用するほど、真冬に甘えているわけじゃないんだ」
真っ赤な花を指先に近づけると、爪紅のように鮮やかな朱色が真冬の小さな爪を彩った。
「真冬。
確かに僕は、二年先と限定しなくても
僕が生きているうちの未来なんて見放題だ。
誰かが夢を見ている限り、僕の未来は
僕に関わる人の未来は、ある程度決まっている。」
夢を見るために、救いのない世界を望んだというのに。
「僕は知っていた。
キミの異能力によって、治らない大怪我をすることも。
太宰がいなくなって、みんなが傷ついて
キミが名前を捨てて、新しく歩むイフを知っていた。」
未来が判るが、それを口にしてくれるなと
森殿……否、ポートマフィア首領の彼は望んだ。
––––––『三島君。
悪いね、こんな事に付き合わせてしまって。
君にしてみれば茶番もいいところだろう?』
いいえ。
確かに僕は、森さんの仲間にはなれなかった。
ならなかった、の方が正しい。
僕はポートマフィアの人員じゃない。
真冬と同じ、森さんに雇われた異能力者。
「もう時間だね。揺り戻しが来る。
じゃあまたね、真冬……」
おはようと
崩れ落ちる夢の世界につぶやいて、僕は目を閉じた。
(真冬の夢は……味が、しないな……)