第38章 消滅……I
「よりによって中也の名前出しちゃうか」
「大丈夫さ。
君がこの夢から覚める時、僕が記憶の彼方に忘却してしまうからね」
振り向いて意地悪く笑った三島君はいつもの彼に戻っている。
戻っている、という表現をどうして使ったのか今いち判らない。
彼は彼であって、夢の中の彼は彼ではない。
この夢が、あの彼の片鱗を構成しているだけだ。
この夢が覚める時、崩れ落ちた虹色のパノラマは彼の感情の一部となる。
「もし上橋がそれを証明出来たらどうするの?」
「上橋の望みを聞くことはしてあげると言ったよ。
それが一体、叶えられるかどうかは別の話だしね。」
三島は何でもない風に言ったが、太宰は立ち止まる。
一つの問題点は、全てに影響する。
「……証明、出来なかったら?」
「特に何も。僕の勝ち、って過程だろう?僕は報酬なんて必要ないよ」
「じゃあ中也とは何を賭けたの?」
三島君の淡白な解答は不安を募らせてゆく。
感情がないとは言うが、もしも上橋が
いなくてもいい存在なのだと証明されてしまった時、この彼は
「同じ事だよ。
中也が勝てば僕が望みを聞く。僕が勝てば中也が聞く。」
私は昔、上橋に吐き捨てた言葉を思い出した。
「いつか、」
「いつか?」
"いつか近いうちにその夢が醒めたとして
その時君は、耐えられるの?
三島君からの慈愛を失った君に、価値なんてあるのかい?"
「いつか上橋は気付くよ。
感情のない三島君が恋愛じゃなくて好奇心を優先させることを。
異性が可愛らしいと思うのはどうしてか?
好きだから?じゃなくて、どうしてだろう、って。
そこで勝手にシステムが止められて、君は前に進めない」
「うん。好きだから?
僕は彼女が好きなのかな?
好きってそんなものなのかな?ってなるのが目に見えている。」
それはきっと、とても傷付ける。
首領にだってそう言われたじゃないか。
感情がない故の残酷で惨い思考に、直接的な憐れみを向けられた。
「中也の発案は、僕にとっても上橋にとっても良い契機だよ。」
三島のその言葉に、太宰がぎりと歯噛みした。