第38章 消滅……I
「どうして遠くに捨てちゃったんだい?」
ピアノの音を奏でるみたいに、
太宰が一歩歩けば、ポーンと高い音がはじけた。
空高く、細く鳴り響くその音も、やがて消える。
真っさらの、真っ白い羽毛が
ふわふわ、ゆらゆら。
目の前を一面、雪みたいに銀色に彩って
虹色の天使が落としたみたいな羽は、
しずくとなって足元に着地する前に粒子となって消えてゆく。
「……夢を見たんだ。
否、僕じゃなくて、ある女の子が。
とても幸せだった。幸せそうにしていた」
オーロラを丸めたみたいな、小さな夢の雨粒が降り続ける。
ぽつぽつ。
ゆらゆら、ふわふわ。
曖昧な色の混ざり方をした空は、プリズムの輝きを放っていた。
キラキラした水晶の地面が、まるで器に浮かべた水のようにに波紋を落とす。
虹色の光を浴びる地面は、色様々な花の床だった。
幸せで、甘くて、きらきらしていて。
そんな夢を見ていたんだ。
「でも、その女の子は、別の人への恋愛感情を僕に向けて来た。
そんなものを愛だと言える訳がない。
単なる認識阻害だったんだ。
僕の夢は、そうなるように出来ているから……」
振り払った瞬間、プリズムの段差も、キラキラと輝く透明な天球も
ピアノのはじいた雨だれの音も
ぜんぶが夢の跡地となって消えた。
「感情を持たない僕は、夢を食べて感情源を摂取しないと『人間』にはなれない。
だから食べている。
こんな事くらい今までだって幾度もあったさ。」
「じゃあどうして今回は、
そんなにも汚らわしく思っているんだい?」
太宰の言葉は的確で、僕の口から答えはするりと滑り落ちた。
どうしてか。
そんな事は。
「上橋の恋心を、冒涜したような……気が、した…?から?」
エラーを起こしたように、三島の言葉が搔き消える。
脳が認識しない。
危険、と書かれた文字の帯が横切ったような気がして、咲いていた花が一斉にざわつく。
「嗚呼……お願いだから消さないでおくれよ…今の彼の言葉を。」
太宰がそうは言ったものの、この夢は三島の言葉が相当気に食わないようで
早々に、本当に夢にしてしまおうと崩壊を早めていた。