第5章 そのバーに集まる影
夜…
帳もすっかり落ちて、子供が寝静まる深夜。
赤い髪の彼が路地裏の一本道を歩いていた。
その横には、こんな深夜にもかかわらず
麗しい純白の着物を纏い、足音ひとつすら立てずに歩く暗殺者がいた。
周りは暗いのに、その気配も服の色も判らないほどに不可視。
そんな彼女の横を歩く織田作も、
真綿を認識しているのはほとんど第六感だ。
彼女の存在の在りようが異様に曖昧で、『そこに居る』としか判らない。
「…ここに来るのは、先週振りか」
「む? うむ、そうさな」
気持ちの良い夜風が真綿の長く、混沌とした影のような黒髪を撫でた。
織田作、太宰、安吾、たまに真綿と
この4人でいつも呑み合うのは決まってここのバーだった。
……しかし、その安吾という彼はいないが…
カランカランとその扉についたベルが鳴り、2人がバーに入る。
奥まったところまで足を進めれば、そこには見慣れた黒外套。
「やァ、織田作……、に、真綿じゃあないか。
良かった。ここで会えた。」
少し眠たげな低めの声が耳朶を打つ。
そら見ろ––––太宰がすでにいた。
織田作の隣にいた、愛しい暗殺者の姿を見るなり
太宰が嬉々として、織田作と真綿にカウンターを勧める。
「治、今の言葉だと、妾に会いに来たのか?」
「うん。そっちの幹部部屋に行ったけど、いなかったから。
そうしたら何となく、ここで会える気がしてね」
太宰の予想はよく当たる。
太宰の『何となく』も。
何でも器用にこなす太宰だが、隣に座した彼女には
もっとうまく立ち回っているに違いないだろう…
器用な奴はどこに行ってもそつなくこなすものだ。
生憎、この包帯まみれの太宰は緊張というものをしない傾向がある……
「そうだったのかや。
エリスが洋服を脱ぎ散らかすものだから…
森殿の部屋にずっといたのさね」
バーのマスターにウィスキーを頼み、太宰が食べていたのだろう…
カウンターにある軽食を摘んだ。
思わぬ大胆な間接キス(という年頃でもないのだが)に太宰がわざとらしく頬を染める。
決して広くはない店内を見れば 安吾の、いつものグラスが棚に置いてあった。
車で来ているからと
アルコールではなくトマトジュースを煽る彼がいない寂寞が、確かにそこにあった。