第38章 消滅……I
「それは……」
つい答えを口にしそうになり、三島は黙る。
自分から引導を渡してあげるほど、自分は上司としては甘くない。
男としてならどうだろうか。
形而上、ひとの形を保つ自分にはまあ性別というものがあり、感情を持たずとも奪われないものがこれだろう。
「僕はね」
考えた事ならあった。
もし、自分に無条件に好意を寄せてくれている上橋が
「感情を持っていないんだ」
僕ではない他人のものになったとき、
「だから、感受性の高い女性の悪夢を食べて、夢から感情源を摂取している。食事みたいなものだ。
それをしないと、僕は僕としての自我を保ち切れない。」
僕はいったい、何をどう思うのか?
「恋愛感情も、怒りも悲しみも、喜びや快楽だって夢を食べなければこれっぽっちも理解出来ない。
何にも反応しないただの人形になってしまうからね」
僕は、そのとき僕がどうし、何を言うのかが予想ついている。
何物にも反応しない、固まった天鵞絨の石粒が打ち捨てられるように。
僕の中にある、おおよそ心と呼べるものは無機物なのだから。
「本当は判らない。
女の子が泣いていても善がっていても怒っていても、夢を食べなきゃその意味さえ判らない。
痛いから泣いているのに、どうして痛みで泣くように造られているのかが判らない。」
三島が立原を含めた花畑全景を見ている。
ひどく冷たくて冷え切った居心地の悪い瞳。
目の前にいるはずの自分を無いものとして、ただ一枚の絵を見られているという不快感。
これを見た上橋菜穂子が、本当に三島由紀夫というものを好きだと言えるのか。
「……立原君。
君を夢の中に引っ張り込むけれど、動揺しないでね」
立つ鳥跡を濁さずとは
ポートマフィアの情報抹消の掟に深く根付いている。
三島幹部の【仮面の告白】は忘却の異能力ではない。
ただ、この人の頭脳を以つてすれば、このような些事、無かった事になってしまうのだ。
虚実は反転する。
まさしく、逆さまといった風に。