第38章 消滅……I
「逆さまだから、か」
一方、菜穂子が中原中也の執務室へと、自分の仕上げた報告書を届けさせている時。
「どうしたンすか?三島幹部」
「立原君」
立原道造、明るい髪のまだ若い青年が首を傾いだ。
立原はポートマフィア内の殲滅組織『黒蜥蜴』に籍を置く二挺拳銃遣いである。
他に黒蜥蜴の主だったメンバーは芥川君の妹である銀ちゃんに、老齢でありながら現役で指揮を執る広津柳浪さん。
この3人は上橋菜穂子がポートマフィアに買われた頃からいる古参組であり、逃亡者太宰をよく知る間柄。
「立原君、こんな花畑にいると体内時計可笑しくなるよ?」
「慣れたモンですよ、今更
それで、何が逆さまなんです?」
立原は顔に貼られた絆創膏のあたりを掻き、三島に問う。
今回、黒蜥蜴部隊も
愛知遠征に同伴する下級部隊であり、幹部2人を守る主な組織と言える。
「坂島の由来だよ。
さかしま。
"逆さま"なんだ。
いたはずの人が300人消えた、これをひっくり返せばつまり、300人が無かった事になった。」
三島の双眸が立原を見遣る。
吸い込まれそうな夜空色の瞳はすぐに害の出ない花へと向けられた。
「逆さまになるのなら、悪行は善行になるンですか?
俺らがその坂島で殺しをしたとして裁かれないッてことッすか?」
嗚呼、ポートマフィアにいながら立原君と言う彼は聡明な人だと三島が笑った。
自分には判らない。
だから少しの羨望は、一瞬の間に掻き消えた。
「悪行は善行となるのか……だけど、答えは否だ。
善が悪になるのではなく
正義が悪になる。
では、善と正義の違いとは?」
三島からの問いは、立原がたとえ答えようと答えまいと気にしないというものだ。
立原なりの解答を欲しての言葉ではない。
理性的な瞳は急かすことなく、然りとて取り敢えず何かしらの言葉を待っている。
立原は数秒の後、口を開いた。
「犠牲を厭うか厭わないか……とかっスか?」
その答えに
三島が満足そうに薄く微笑んだ。