第37章 天の花嫁
「––––え……?」
予想外のことを指摘され、三島はとても珍しく言葉を失った。
その濃紺の瞳が、いつになく驚いたように首領を見る。
自分では全く判らなかったという目だ。
「……そう、なの…かな?」
「うぅん。さぁねえ。ただ、私にはそう見えたよ」
言っておいて首領の答えは曖昧だった。
自分で考えて答えを得ることに重きをおく三島にとって、一番の得策だ。
「上橋がそばにいることに、僕が無意識で慣れてしまっている……と」
「そうなんじゃないかな?」
三島はいつだったか、中也と交わした言葉を思い出した。
「……僕にとっていなくては不便な人が、上橋なのかもしれないと中也は言っていた。
僕にはそれが、恋愛的な意味と繋がることも、繋げる意味も判らなかったけれど」
首領は笑みを浮かべたまま、三島の言葉を聞いている。
「……でも、こんな曖昧で判りもしない気持ちは、上橋をとても傷付けることが目に見えている」
「上橋君は容易く潰れるような女の子ではないよね?」
首領の問いにはい、と僕は返した。
上橋菜穂子を買い取った数年前から、彼女は変わった。
マフィアという場所にいても、現に彼女は耐え抜いた。
そしてここにいる。
「……君は、彼女の相手が自分では幸せになれないと考えているね?」
「はい」
三島がこうも素直に答えていることに珍しさを感じながらも、どこか不安定な違和感を払拭出来ずにいた。
何だろう。
何なのだろう。
彼と首領たる己との歯車が、ひどく食い違っているような気がするのである。
もしかして。
まさかとは思ったが、彼は……
異能力を保持した瞬間から忘れ去った感情を、上橋君からの好意を、恋心を、
彼自身が昔から知りたがっていたのは知っていた。
しかし彼が女性からの気持ちを無下にする訳がないと決めていたが、まさか。
恋心よりも膨大な好奇心で……それを塗り潰してしまっているのか。
それは、少々惨(むご)い。
他人からの好意を無意識のうちに好奇心に変えてしまっている。
「……君は…ほんとうに、人間の心が判らないのだね」
こんなもの、救いようがない。
そう悟った瞬間、三島君も己の心中を察したかのように
悲しそうに双眸を伏せった。