第37章 天の花嫁
「三島君」
おとぎ話にでも出てきそうな銀色の鉄柵をくぐり抜けて、ポートマフィア首領、森鴎外が三島の病室に訪れた。
延々と蒼穹を映し出すこの温室の天球が基準になり、設えの時計の針は狂ったように真夜中を差す。
「相変わらず、君のガーデンはとても綺麗だ」
時計の針はいつだって真実を差す。
今は確かに真夜中だけれど、この花畑には夜という概念が存在しない。
「エリスお嬢さまのために花を摘みましよう」
「おや、それはどうも有難う。エリスちゃんもご満悦だよ」
にこりと笑った三島の双眸は
千紫万紅の花畑を一枚の絵のように数秒だけ見つめて、その手が迷わず季節の花を摘んでゆく。
「目星はついているのかな?」
「嗚呼……任務の事ですか。
ええ、それなりには。確かめるにはこちらも身をもって体験しないといけませんが」
三島が"外"へたった数分出るだけに、特務課や首領が何十枚の始末書を書かされているのかを知っている。
だからこそ、彼が外に出て任務に当たるのはとても珍しいことなのだ。
それに、今の時代は産業革命により工場排水や黒煙で空気が悪い。
そんな、三島の身体に害悪しかない環境に野放しにしているほど世界は甘くない。
特A級危険異能力者は、在るだけで害なのだから……
「嗚呼、森さん。
上橋は今回の任務は行かせず、此方の拠点に留まってもらいました」
「……それで三島君が良いのなら、私からは何も意見する事はないよ。」
首領の言葉に、三島が笑みを和らげた。
確信犯だ。
首領は、判っていて言葉を選んだのだ。
納得しているなら、と言われわば即頷けたのに
良いのなら、ときた。
三島は努めていつも通りに笑った。
「ええ。勿論です。
上橋を連れて行かなかったことを後悔させるくらいに成長してくれたら……」
言った三島は、一縷の望みさえ希望していない。
諦めの色。
どこかを見ていたのだろうが、それはすぐに光を失くす。
そして首領によってその目線を掬い取られた。
「三島君、もしかして無意識で上橋君を探していたりする?」