第37章 天の花嫁
「なァ……一気に300人ものやつらを消すには、手前ェならどうする?」
「それも一夜で、じゃ」
夜景を透かすように、赤みを帯びた紫のワインが揺らされた。
中也からの問いは、手段と真実両方を突く言葉。
三島が目を伏せれば、細いまつ毛が瞬かれて影を微かに落とす。
男に色っぽい、だなんて言葉はまず使わないが、こいつには似合う気がした。
「普通の人にはまあ、無理だろうね。」
「とはいえ、異能者とも考えてねェンだろ?」
「あ、判るかい?」
三島はくすくすと笑う。
面白い事であれ、そうでなかれ、三島という生物はこう作られている。
「僕がしたみたいに、頑張って数十万人を一度に何とかしようとなれば、異能力というのは効力が薄くなっていくものだよ。」
「広く浅くか、狭く深くッて感じか」
俺の言葉にそうさなぁと姐さんが呟き、温められた日本酒を啜る。
銘柄は一升瓶に十数万円、かつて首領の隣にいた暗殺者が好きだった銘柄だったはず。
三島がついていながら紅葉姐さんに一人手酌をさせる訳はないが、もう隣にいないのだという現実はいつだって辛辣だ。
現状維持を望んだとしても、それは容易く打ち壊されてゆく。
「坂島は、人口約八万五千人の都市の中にある市町村っていうカテゴリだね。
一度に三百人程度なら、集約させるのは吝かではなさそうだけど?」
三島が姐さんの部屋の医療書を手繰り、ページを捲った。
「なんかあンのか?」
「可笑しいよね。三百人が消えたんだ。
神隠しにでも遭ったかのように、たった一夜で。」
任務書類は全てまとめてあるけど、個人的に調べたものについては一緒くたにまとめられていない。
「……うぅん」
「実際、現場見ねェとまだ判らないだろうよ」
考え込む三島の頭は今、フル回転しているのだろう。
国家控えの作戦参謀にも負けず劣らずの知能を持つだなんて言われるこいつの脳内を、見てみたいと思った事は一度や二度ではない。
「……そうだね。
何となく目星はつけたけれど、判らない事だらけだ」
消えた三百人の中には、ポートマフィア傘下が営む株式会社の社長(中級構成員)、監査(下級構成員)が含まれている。
なぜヨコハマを縄張りにする俺らの傘下が、わざわざ愛知にまで出張っているのかは後々話すことにしよう。