第37章 天の花嫁
「……っ私は……!」
菜穂子が言いかけ、そして僅かに俯いた。
笑いかける三島はいつも通りのご様子で、
しかもゾッとするくらいに普段と何ら変わりない。
「私では、三島様を守りたくとも……矢っ張り、部下としての限界があって……」
この前。
と言うか一昨日あたり、三島がいなければ首領に会えなかったかもしれない。
三島がいなければ、とこの前だけで何度不甲斐ない気持ちに陥っただろう。
「それでも、出来ることだってあります……」
「それを否定されたから、納得いかない?」
「それもそうですが、そうではなくて……」
問う三島は言葉を選びながら、部下を見る。
目が合うだけで普通ならかかるはずの異能力は、上橋菜穂子には通じない。
もともと異能力などなくても掛かっているようなものだから。
「何をそんなに焦っている?」
「……焦って、いるのですか……?私は」
気付かないなら重症だ。
菜穂子は先ほどまでの、俺と二人きりのときに貫いていた無表情を少しだけ緩めている。
「ほら、気付いていないのだろう?注意散漫はいけないよ。
僕が君を置いていく理由は、僕が自分の意思で決めたんだ。
色々考慮するところも含めて、君を置いていくと決めた。」
普段の一介の部下を諭す三島とは違う。
何が違うッて、はっきりと理由を述べてどん底に叩き落とさないところだ。
理性的な瞳は菜穂子含め全体を見ている。
「上橋を連れて行かなかったことを後悔させてくれたら、
それ以上に嬉しいものはないけれど」
嘘だと俺は言いそうになり、止める。
嬉しいだなんて微塵も思っていない。
そんな目だ。
そんな甘い考えのなか、三島はいるわけじゃない。
「納得のいく理由がほしいなら、言ってあげよう。
上橋では、単にまだ力不足というだけだ」
例え今傷つけても、この先それ以上に傷つくことが決まっているのなら、回避するために早々に手を打つ。
菜穂子が手のひらを握りしめ、やがて脱力したように小さく息を吐いた。
「……判り、ました……」