第37章 天の花嫁
「……どういうことですか」
菜穂子の震えていない声は、理性的な穏やかさをもつ三島に毒されてきた、あるいは部下として成長したのだと感じられた。
感じられたからこそ……このままでは駄目なのだと判る。
こいつにも、三島にも。
「三島からの命令だ。菜穂子は留守番だ」
「納得のいく理由を開示して下さい」
「駄目だ」
これで二度目だ、と俺はどこか上の空で他人事のように菜穂子を見据えた。
実際他人事だけど、俺が自分から引き受けた時点で責任は生まれた。
三島と分割されたとも言う。
断れたことを断らなかったのは俺の意思だ。
「––––––意思」
「意思、ですか」
呟く声を拾った菜穂子が反芻させる。
「あァ……そういやなぁ。
あいつと、三島とこんな話をしたんだ。
愛さなきゃいけない意思がどれだけ歪んでいるのかッてな。」
「は」
菜穂子は表情を変えない。
いつもそうだ。
三島にしか見せない表情が、こいつの真意なのかは測りきれないけど。
「あいつは人間の心が判らない。
判らないから、判らないなりに投げ出さないで考える。
そうして決めたのが、手前ェを留守番にさせるッつーことだろ。」
こんな言い方で菜穂子を丸く収めようとする俺は意地悪い。
……なんて、そんなことは思わない。
何のために三島が、悪役を買って出たンだ。
「だから、三島のために留守番していろ。」
「そのような理由では納得いきません。」
菜穂子の目は、真っ直ぐに俺を見る。
「なら、どうすれば良い?」
……不意に。
そんな声がして。
ハッと菜穂子が後ろを振り向き、俺が前方を見遣れば
扉に背を預けて理性的な光を宿した紺の双眸が、この部屋全体を一枚の絵みたく見つめる。
そこには三島がいた。