第37章 天の花嫁
菜穂子が去った後、俺は内線を掛けた。
相手は勿論、先ほど名の上がったあいつだ。
スリーコールで繋がった内線電話は、ポートマフィア内の者であろうとスリーコールが符丁である。
はい、と耳元で聞こえた聞き慣れた声に俺は言う。
「今すぐ切れ」
《……話が見えないんだけど、中也》
「セフレとだよ。菜穂子が哀れに思えるわ……」
眠気のなさそうなその声と反対に俺は欠伸を噛み殺す。
三島は少し黙ったままで、出来た空白は慣れたモンだった。
《……上橋に何か吹き込んだのかな〜?》
「違ェ、つか今の俺の言い方だと俺が吹き込まれる側だろうがよ」
《僕は満足しているんだ。上橋は変わったよ。》
くすくすと電話の向こうからあいつの苦笑が聞こえてきて、俺は何とは無しに机上の書類を眺めていた。
っつか、三島が育てた部下なのに、あいつ自身が満足しなくてどうすンだ、と思う。
《芥川君みたいな粗暴さを持ち合わせない代わりに、冷静に人を測る事を覚えてくれた。
自分を守るにはそれで充分だし、》
これは3年ほど前に太宰から聞いた言葉だが、三島の話をしていたのか。
あの頃の太宰は兎に角菜穂子を敵視…
敵とは違うか、取り敢えず目の敵にしていたからな……。
電話の向こう、三島がだから、と続けた。
《僕としてもそれで充分。
ただまあ、上橋が僕に向けてくれる愛のすべてを
親子愛のそれだと一言で片付ける気はさすがにないよ。》
……何だこの、話は通じているのに何かがずれているような感じは。
三島といると大体そうだけど、今はその、歯車のずれ感がひどい。
「あー……あのさぁ三島」
がしがしと俺は頭を掻きながら、ため息を吐いた。
「ちょっとこの後そっち行くわ。
菜穂子はもう下げさせておけ、いいな?」
《え?いいけど……》
「けど?」
三島の言葉に重ねて問う。
《……今、先客がいるからね?》