第36章 此処からまた
「……見切りをつけていた、と治がそれで納得するのなら
妾はそれで良いと思うていたけど……」
そうでないみたいだね、と
真冬は言った。
どうして判るのかと問えば
何年一緒にいたと思っているのだ、と
先ほどの言葉を返された。
真冬の手がゆっくりと私の頬に触れる。
耳下をなぞるように下へと滑った手が、私から溢れ落ちたものを拭い取った。
「笑えと……言ったのに」
「無理だよ……君のために笑えなくなった私が私は大嫌いだった。
君が憎くて仕方なかったけれど、それ以上にその私が憎くて嫌いで、どうしようもなく許せなかった」
目の前にいる真冬の腰を引き寄せると、パサリと髪に掛かっていたバスタオルが落ちた。
あっさりと私の手の中に舞い戻るその体を壊したいと思ったから、私はそれを振り払うように目を瞑る。
そしてまだお風呂の余韻で温かいお腹に耳を当てた。
とくん、と真冬のお腹からは彼女の鼓動。
ここにいて、生きているという証拠。
「君の枷になりたかった」
「妾は縛られるのが嫌いだと知っていて?」
「うん。勿論知っていて。
だって、そうでなきゃ君の気を引けないし、視界に入らなきゃって思ってたし」
とっくにいたよ、とは
たぶん、昔の君なら絶対言ってくれないんだ。
今の君はどうかなって期待するだけ無駄だよね。
「今の私は、ちゃんと今の君の中にいるかい?」
別にその答えをもらえなくていいと思っていた。
言えた事に満足出来たから。
ようやく、私はあの3年前から停まっていた時間を少しずつ現状維持ために動き出すことが出来てきたのだから。
……でも、欲を言うのなら。
本当は……
「いるよ」
腕の中の真冬が身動ぎして、私を見上げてきた。
黒曜石の瞳は確かに私だけを見ている。
信じられない。
君の中に私だけがいる。
「……信じられない」
「いる。
治はとっくの昔から、妾の記憶の深いところに刻まれている。
今更忘れられようか」
信じられない。
だってそれって、昔の君が
私に……そういうことを……