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威 風 堂 々【文豪ストレイドッグス】R18

第35章 荘厳は淑やかに





「んっ……はぁ……も、暑い……」


風呂場だというのに額に浮いた汗を拭う真冬が、首だけで私を振り向いた。

確かに暑い。

温度調節のノズルを青い方に捻れば、
カチッとロックされた手応えがして途端にシャワーがぬるま湯に変わる。




「……ねえ、真冬」

「ん?」

火照る体を少しずつ冷やしていく水に、私の声まで流れて行ってしまいそうだった。


濡れた黒髪が真冬の腰回りに煙るように張り付き、鏡が少しずつ透化してゆく。
私は真冬のお腹に手を回したまま、唇を開いた。



彼女の、一縷の望みとて望まない濁った双眸の中には私がいる。

今更、己は光など望まない。
しかし誰かに光を見せてやることなら出来る……私と似た目だ。



「冗談だって思ってくれていいから」

「……ふむん……」


シャワーを止める。
ぽたぽたと髪から、肌から滴る水の音しか聞こえなくなった。


今まで真冬のその目に映ってきた男など数えるのも馬鹿馬鹿しい。
自分が、この彼女とはもう二度と会えないのではないか、そう思っていたこの2年間の中で
一体全体その数はどれほど増えたのだろう。




「……このまま二人で、どこかに…逃げようよ」


今度こそ、約束を守り抜きたかった。

別段、どのような手段でも良かったし、誓ったくせにと私が彼女を憎む理由が払拭出来さえすれば。




「それは––––––」


言いかけ、その言葉は止まった。



判っているよ。

出来ない事くらい。
真冬が今の主人を裏切れない事くらい。それが真冬の誇りなのだと。


どうすればいい。

どうしたらいいの。

あの彼は昔の私に何て言った?


現状維持を揺るがせてしまう事が怖くて、一歩踏み出せずにいた上橋菜穂子とは違って、私はちゃんと進んでいると……



「……そんなの、出来ていないのにね」


本当は、本音を言えば、こんなの冗談なんかじゃなかった。本心だ。


あわよくば有言実行してしまえるし、
不発に終わっても自分が深く傷つかなくて済む……


そんな私は、前になんて進んでないのに。






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