第35章 荘厳は淑やかに
まずい。
この不安で不快な何かがなにかだなんて、とっくに判っていた。
ここに至るまでの経過を恨み、
自分の知らぬ所で取り決めをし、
挙句自分がいるというのに他の男の名をその唇が奏でたこと
嫉妬を通り越した憎悪は
私の真冬への蓄積した何かを
粉々に壊してしまうとても付き合い難いモノだ。
「ぉ、さ……ッあ、え!?」
「ちょっとだけ目、瞑っててくれるかな」
目の前の鏡に真冬を押し付けて、その肌から立ち昇る湯気が鏡を更に曇らせてゆく。
浴室に持ち込んだ幅が短く丈が長めのタオルで真冬の双眸を覆い隠し、タオルは結ばずにタオルで覆われた目元を私の左手で押さえた。
「ね、ぇ……、治……っ」
いきなり閉じられた視界には一切の光だって許されない。
「お風呂場を選んで正解だったよ。
ほら、これからどれだけこのナカを汚したって、すぐ洗えちゃうもんね……?」
前戯とか愛撫とか、本来なら愛する女の人には思い遣りでするような行動だって、今の私は平気な顔してすっ飛ばした。
鏡に両手をついた真冬は、首だけで私を振り向いたけれど、視界が覆われている今意味を成さない。
鏡を押し返す力だって、男が押さえつけたら難なく押し切れる。
「……暗殺者の前に……女の人、だね?」
左手は鏡に映る彼女の目を覆うタオルを押さえつけていた。
右手はそのまま迷いなく真冬の臀部、大腿を伝って着実に秘部を擦り上げる。
シャワーは水音を立ててすべてを今洗い流し、精査し、すべてを水へと流すべく排水口に流し込まれた。
「ん……っぁ、は」
「こんなに濡らしちゃって……本当にぜんぶシャワーかな……?」
鏡に向かって手をつく真冬のその腕は震え、息を少しだけ荒らげる。
曇ってたって判る。
鏡に映る真冬の艶姿が、背筋がゾッとするほど、美しいことを。