第35章 荘厳は淑やかに
今でも時々、あの時の事が夢に出るんだ。
もしも、あの時
織田作が、真冬がって……
そしてその前に、安吾が、って……
決まって夢見の悪いその明晰夢のようなものは
たちまち虹色の雹みたいな粒に変わって、目が覚めれば心地悪い汗があるだけ。
夢が悪夢であればあるほど……とあの彼は言うけど
そもそも感受性の高い女性の悪夢を好んで食む彼にとって私は友達止まりなわけで、定期的に私の悪夢の夢喰いをしているという実感も感触もない。
ただ、あの6月のいつかに見た夢の終わりがあの虹色の欠片だと言うのなら……
私の悪夢は必ず彼に食べられている事になる。
あの彼は、一日中感情を保つことだけに、一夜だけで何万の人間の夢を食べているのか?
「……真冬は……私を置いていったのだ、という自覚はあるの……?」
「––––……」
その黒曜石の双眸は、私から推し量るように細められるだけ。
そして唇が開いた。
「ないな」
あの日……
織田作が安吾を追っていた中で、
中也と三島君が西方にいた中で
あの日の彼女は何と言った?
死ぬかもしれない、と……
「置いて行ったのではないな。
妾は、治と同じ速度とは言えなくとも同じ道を行った。
妾の方が先に行くのが早かっただけさ」
私と同じ道の遥か先にいた彼女は、
その背が見えないほど遠くに行ってしまって、私はそこで立ち止まった。
だから夢を見るんだ。
もしも、あの時
織田作が、真冬がって……
そしてその前に、安吾が、って……