第33章 Carmine tears
けほ、と噎せて咳き込んだ。
「中也、来ないかな」
このままだと、
夢が夢で終わらなくなってしまう。
見上げる空は虹色をしていて、ぱらぱらと雨のように先ほどから降り続くのは、夢のかけら。
この長い長い一夜の夢が終わるのだという、崩壊現象の象徴だった。
ざり、と砂を踏みつけにする音が耳朶を打つ。
「あー糞、見つけにくい所にいんなよな」
「そんな事言って、君は……
僕を見つけてくれるだろ、毎回」
パキパキと、細い木々が無理やり事象によって捻じ曲げられて
折れてゆくような、そんな音がする。
視界の端から夢の終わりが見えつつあって、向こうの空はもうない。
地面も、僕だけを夢の中に取り残すかのように崩壊が迫ってきた。
「よう……花畑の紳士サン?」
中也が夢のかけらとなりつつある岩片を飛び越えて、僕のいるところまで
文字通り、一足飛びでやって来た。
「おはよう、中也」
「嗚呼、そろそろ起きる時間だ」
中也が僕の隣に座り、崩壊する夢の景色を言葉なく見つめていた。
「……毎回こうなんだな」
雨粒のように降り注ぐ虹色の断片が
自分たちに触れる前に 雪より淡く、虚空に掻き消えた。
「そうだよ。
女の子の夢から覚める時も、君の夢を食べ終わった時も、全部こうだ。
綺麗だろう?虹の雨みたいで」
「俺を口説いてもメシ奢るくらいしか出ねーからな」
こいつの隣で話しているとやけに眠くて、あくびが漏れた。
矢張りこいつの夢の中で
俺がこうしてちゃんとした意識を保っていられるのは十数分が限度だ。
それ以降は夢の番人の意識に侵食される。
「食事かぁ……。
上橋はさ、普通の人間みたいに僕が……
何て事のない食事をして、人と話したり、笑ったり、眠るという事をしていると、とても嬉しいみたいなんだよ」
「ま、そうじゃねェの?
俺だって、手前ェが人間みたいな事をしてれば多少は感心する」
三島由紀夫というこいつには、感情が無い。
無いくらいに、希薄になっている。
人の夢を食い物にして感情源を補わないと、
泣くとか怒るとか以前に、言葉を交わす事すら出来ない。
何もない人形に、話しかけるように。
「人間に成れないなら、模倣するしかないからね」