第33章 Carmine tears
「中也」
「あ?」
そう言えば、と何て事無いように三島が俺を見た。
紺碧の双眸が揺れている。
「愛している」
「……は!?」
まるで女を口説き落とすかのように吐かれた
甘過ぎる言葉に俺は寒気がして、猫のようにぞわぞわと毛を逆立てた。
「……と、上橋に言われたんだけれど」
「紛らわしいことすンな!!」
「……何で君がそんな慌ててるのさ?」
愛している、愛している、嗚呼、愛なんて三島に一番判り得ないモノなのに
菜穂子は自分でハードル上げているのか。
それとも、天と地が逆転しても
愛だなんて判らないような(判ろうとしないような)三島に、敢えて言っているのか。
「それで?」
「判らない、と僕は言ったよ」
『愛している』、それを『判らない』で返したら
十中八九 振られ文句だと思わざるを得ないのだが。
「菜穂子は泣いたか?」
「笑っていたよ。
可愛いっていうのは、ああ言ったモノなのかなって思えるくらいには」
俺や他の奴らの前では無表情な菜穂子からは想像出来ない。
いや、というか、菜穂子がノーリアクションを貫くのは何となく––––––
「恋をする女はまるで魔女みたいに急激に変化するらしいからなァ?
可愛いッて……手前ェの破綻した思考でも、『可愛いかもしれない』って思えたンなら、菜穂子は頑張った」
「頑張って、それで終わりって言うものじゃないよね?
感情を知らない僕が、報酬とかあげられないの判っているんだよね、上橋は」
「要らないんじゃねェの?……たぶん」
判らない、でも隣の中也も判らないという顔をしているなら、
これは感情云々よりもいわゆる女心というものかもしれない。
「取り敢えず、ここが崩壊する前にさっさと起きようぜ。
話の渦中のお嬢さんが、手前ェの目覚めを待ってるぞ」
「あはは、それは急がないと。
女性を待たせる訳にはいかないからね」
愛、
『私は、三島幹部を……愛していますから』
それは、何だろう。